第14話・変わったセンセー

 教卓から前に飛びりた長谷寺は、ステッキを床から引っこ抜いて両腕を上げながら、満面の笑みで割れた窓辺まどべまで移動した。


「やったやった!じゃあグラウンドに集合だよっ、僕さきに行って待ってるーっ」


 もし彼が犬だったなら、尻尾をブンブンと振っている光景が見られただろう。てっきり、一緒に荒れ果てたグラウンドへ向かうものだと思っていた生徒たち、不思議そうに長谷寺を振り返ってみると、彼はおもむろに窓枠へ足を乗せて外へジャンプした。


「え」


「─…はぁっ!!?」


 慌てて窓のほうへ走り寄った彼等が下を見ると、ごく小さなクレーターの上に立っている長谷寺の姿があった。一つ下の二階の窓からは、2Dの生徒たちが下をのぞき込んでいるの様子と、誰かが爆笑している声が聞こえる。しかしコレで3Dの生徒たちは、長谷寺が言った[鬼ごっこ]が、自分たちがよく知っているソレでないだろう事を理解した。


 2Dの教室では、上から人が落ちていったのを見た少年が大いに驚いて指差した窓際まどぎわに、ほとんどの生徒たちが顔を出していた。その近くで、何がツボに入ったのか大爆笑している季節外れの転校生、彼は今まで誰とも連もうとしなかった。銀色の髪にアーモンド型の灰色の眼、長身で猛獣もうじゅうのような雰囲気をただよわせる高山たかやま 晃一こういちは、一匹狼なのだろうとクラスメイトからは思われていた。必要最低限の言葉しか話している所を見たことがない人物が、ケラケラと腹をかかえて笑いころげている、それが異様に見えた。


紫陽花あじさいっ!あははっ!!」


 一瞬、花の紫陽花かと思いかけた2Dメンバーだったが、朝礼で、くだんの教師が[長谷寺はせでら 紫陽花あじさい]と名乗っていたのを思い出した。高山の笑い声で廊下のほうを向いた面々、そこへ珍しく教師の元に向かっているのだろう3Dの生徒たちが、階段をゾロゾロと降りていく姿を目にして、一部の者をのぞいて唖然としたのだった。


「何がどうなってんだ…」


 教室でハッキリ聞こえた誰かの独り言は、各学年のD組全員の心中しんちゅうを代表する疑問であった。嵐堂学園に入学してまだ二月ふたつきほどしか経っていない1Dの生徒達は、突然[ドンッ]というにぶい音と共に降ってきた長谷寺、そして3Dの生徒たちが集団で降りてくる光景を初めて見てクエスチョンマークしか浮かばない。


 長谷寺は地面にステッキを突き刺すと、銀製のシガレットケースを取り出して、そこから一本タバコを抜きとり口にくわえると、ケースを仕舞しまって流れるような動作でジッポを手にして、タバコの先端へ火を運んだ。空をあおいで、吐き出した紫煙が風にのって消えていくのを少しの間、ながめていた。


「やっぱりキレーだなぁ」


 くわえタバコでジッポに視線を落とすと、そこにある繊細で美しいつた模様を指ででて、ジッポの贈り主の顔を思い浮かべた。これを贈られたのは、この世界ページから一旦引き上げた日だった。五年前、迅に貰ったこのジッポはステッキの金細工と並べてもよく合う模様だったので、今では長谷寺にとってお気に入りの持ち物になっている。彼が当時のことを思い出して微笑んでいると、校舎から生徒たちが出てきたのが見えて、飛びねながら手を振った。


「ホント変わってるなぁ、あのセンセ」


「だなぁ……おい、センセー、タバコ吸ってんぞ」


 授業中に何をしているのかと、自分達の日頃のおこないは思いっ切りたなの上に放り投げて、長谷寺がくわえているタバコに注目する。自分の元に、生徒全員が辿たどり着いたのを適当てきとうに確認すると、彼はくわえていたタバコをポイと捨てて移動し始めようとした。しかし、そんな長谷寺へ向けて、普段は絶対言わないような言葉を千歳が口にした。


「いやいやいや、ちょっと待て」


「ん?僕?」


「タバコ、ポイ捨ては辞めようぜ」


 首をかしげながらも捨てたタバコを拾い上げた長谷寺は、どうすれば良いのか分からずに突っ立っている。一方、千歳は自分で口に出しておいて、その決して間違いではない言葉に、困ったような顔で頭をポリポリといて見せた。そんな千歳をフォローするように、苦笑を浮かべた石川が長谷寺へと携帯灰皿を差し出すと、ようやく合点がてんがいった顔をした彼がタバコを携帯灰皿に入れてニッカリと笑う。






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