第13話・国語辞典

 国語辞典に記載されている通りの事を、石川は読み上げる。いわく[互いに正しいとしてゆずらず、激しく非難し合ったり、殴り合ったりすること]が喧嘩だという事だった。大体そんな感じだなぁと思っていた生徒達を前に、長谷寺は桜色の唇に人差し指を押し当てて再び考えごとを始めた。それを見た千歳や石川、3Dのメンバーの脳裏に、嫌な予感が走る。


「タダシイってナニ?」


 予感は的中てきちゅうした、見事に色々と道を踏みはずしまくっている彼等は[正しい]に関して想像をしてみたが、イマイチ答えに辿たどり着くことはできなかった。一応辞典で[正しい]を引いてみた石川は、何とか説明できそうな部分を見つけて若干、端折はしょり読み上げた。


「えー…[事実などに合っていて、偽りや間違いがない]ことだってさ」


「なるほど!ありがとー、えっと…」


「石川だよ、石川いしかわ 泰地たいち


「泰地くんだね!分かったー!」


[正しい]の意味を何となくだとしても理解したのか、長谷寺は一つうなずいて石川に礼を言うと、千歳のほうを見た。そして動きを止める、しばらく天井を見つめて何かを思案しあんしている様子の長谷寺。この教師の担当は確か武術ではなかったかと一部の生徒達が思い出し始めた頃、長谷寺は[パンッ]と両手の平を打ち合わせた。


「じゃー…喧嘩は、間違いじゃないって思うことを言い合ったり殴り合うことで主張?する事?」


「あー、まぁそうだな」


 普段全くしない事をした彼等の苦労の甲斐かいあってようやく、この頼りない担任に[喧嘩]が何かを理解してもらう事が叶った。なるほどと、また長谷寺はうなずき、キラキラとした目をしてニッコリと笑いながら爆弾発言をした。


「僕はねー、喧嘩したことないよ!殺し合いだけなの、ゴメンねー?」


 晴れやかな笑顔で放たれた言葉に、3Dの生徒達は固まる。殺し合いしかした事がない、それは喧嘩以上にヤバいのではと、比較的常識にのっとった思考に帰結きけつした彼等は、良い意味でも悪い意味でも純真じゅんしんを地で行く長谷寺を理解できないでいた。


 千歳と石川の口はヒクリと動く、二人は、彼のまとう雰囲気が何なのかについて、少しだけ分かったような気がした。それは恐らく、光の差さない闇の中で獲物えものを探す者の雰囲気、獲物をおびき寄せる者が放つ気配けはい、鋭い牙と爪を隠したけもの、それであるような。


「どーしよっか、お絵描きとかする?なんかやりたい事ある?」


「…なんで武術の授業で絵ぇ描くのさ」


「センセー、なんか俺らでも使える戦い方とかねぇの?」


「うーん」


 腕を組んで、長谷寺は考えてみる。剣術なら出来なくはない、治安の悪いこの地域一帯では身を守る力が必要である、だが自分のそれは殺し合いを前提にしたものでしかない。彼等は武人ぶじんでもないし、今のところ敵という訳でもないしと、そこまで想像をして、不意に自分が少年たちの相手をすれば良いとひらめいた。手を[ポンッ]と打って、自分に注目した彼等へ提案ていあんをしてみる長谷寺。


「鬼ごっこする?みんなが僕から逃げるの!」


「……鬼ごっこ…」


「センセ、それマジで言ってる?」


「うんっ!」


 また元気な返事をした長谷寺だったが、高校生になって、何故なぜに鬼ごっこなんぞというモノをしなければならないのか。一気にヤル気をなくしてゆく生徒達の様子を見ながら、長谷寺はションボリとした様子で一応もう一度聞いてみる事にした。


「1回…やってみない?1人か2人でもいんだけど、他のみんなは見てるだけでもイイし、ね?やってみない…?」


 寂しげな表情で、迷子の子どものような雰囲気をただよわせる大人のハズな教師、自分たちに出来る戦い方を聞いたのに、何がどうして[鬼ごっこ]に行き着たのか心底謎でしかなかったが、どうにも完全な無視はできない。仕方なく両脇りょうわきにいた石川と千歳が名乗りを上げた。





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