第15話・鬼ごっこ

 長谷寺は笑顔で石川に礼を言うと、千歳にも[教えてくれて有難う]と感謝の言葉を伝えた。この世界ページの、これから自分が暮らす場所では、吸ったタバコを地面に捨ててはいけないのだと、そう覚えられる機会が与えられた事に感謝したのだが、目の前にいる生徒たちは気まずそうにしている。はて、と小首をかしげる純真な仔犬もとい長谷寺から向けられる、真っ直ぐな眼差まなざしに生徒たちは、その身体をサッと円陣を組むように丸くさせて、内側に向きを変えると[このセンセーの前でポイ捨て禁止な]という指令を走らせた。


「なになに?どしたの?」


「や、なんでもねぇ」


 思わずとはいえ注意したからには、彼の前で自分たちが教えた決まり事を、自らやぶる行動はさすがに、意地や、少年ながら彼等が持ち合わせているプライドに掛けて許されない。そういう心理が、ガッツリと働いたのだった。


「そう?」


「そうそう、気にしない気にしない。で、[鬼ごっこ]どうやんの?」


「そっか!えっとねー…」


 少し気にする素振そぶりを見せた長谷寺だったが、石川の一言で二人相手の[鬼ごっこ]をする為に、この荒れたグラウンドに来たのだという事を思い出した。どうやって説明しようかと考え始めたところへ、聞き慣れた声が降ってきた。校舎の二階へ向けられた視線の先には、教室の窓から身を乗り出している高山の姿があった。


紫陽花あじさい、なんかやんのー?」


「鬼ごっこやるのー、でもどうやって教えたらいーのか分かんないのー」


「んじゃ僕が練習相手になったげるよー」


 彼の言葉に、パッと花が咲いたような笑顔を浮かべた長谷寺。いつの間に着替えたのか、高山はジャージ姿で落下してきた。彼は、一歩後ずさった3Dの面々を前に、その猛獣もうじゅうを思わせる雰囲気をまとう様子からは想像出来ないような、しなやかで柔らかい、流れるような動作で西洋風の礼をした。そして顔を上げると、高山は長谷寺に[まずルールの説明を]と助言する。その言葉を受けて、彼はたった今思い出したかのように両手をポンッと打ったのだった。長谷寺は、とても忘れっぽい。


「ルールはね、鬼にピン止めされないよーに逃げることっ!どこを走ってもイイよー」


 3Dのメンバーは、やはり自分たちが知っている[鬼ごっこ]とは違ったかと思うと同時に、[ピン止め]と[どこを走っても良い]という言葉に違和感を覚えた。不思議顔の3Dメンバーと、高山が飛び降りたことでグラウンドへ集まってきた2Dメンバー、すぐ近くなので窓際へ集まった1Dメンバー。そんな事はつゆほども気にしない長谷寺と高山が、柔軟体操を始めながら会話をわす。


「紫陽花、ナイフとかは無しだかんね、木の枝とかにしといてー」


「う?分かったー」


 何故なぜに[鬼ごっこ]でナイフなんて凶器の名前が出てくるのか、はなはだ疑問ではあったが、とりあえず二人の[鬼ごっこ]が始まるのを待つことにした。二人によれば、鬼役の長谷寺が十秒数える間に、高山が逃げて、そこから追いかけ始めるというものだったが、[ピン止め]と[どこを走っても良い]に関しては結局なんの説明もない。柔軟体操が終わったのか、高山がクラウチングの態勢を取ると、長谷寺が彼に背を向けてカウントダウンを始めた。


 逃げていく高山のあしの速いこと速いこと、その態勢はまるでチーターだ。グラウンドのはし辿たどり着くと、一気にフェンスを駆け上がってスピードを落とさず横移動をしていく。生徒たちは、見たことのない光景に愕然がくぜんとした。とおまで数え終わった長谷寺が、グラウンドのほうを向いて手を挙げる。


「紫陽花!いっきまーすっ!」


 辺りにある小さな木の枝を、持てるだけ持った長谷寺は脚をひらいて腰を低くすると、ブワッと風をまとったように一瞬で生徒たちの前から消えた。





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