第11話・彼のステッキ

 自分に向かって投げられた野球ボール、彼の体感的にはとてもゆっくり回っているように感じられた。金細工が美しい愛用の黒いステッキを、長谷寺は横一閃よこいっせんいだ。教室には[ギンッ]という、けたたましい音が鳴り響き、その音と同時に彼の横にある窓ガラスが外へとくだけ散る。長谷寺以外の全員が、一体何が起こったのか呆然ぼうぜんとする中、いち早く我に返った千歳が声をあげた。


「アンタ…いまなにした?」


 その言葉に、横へ振り抜いたステッキをクルクルと回しながら肩に乗せ、いまだ教卓の上で犬座りの格好を取り、たのしそうに笑って答えた。


「横へステッキ振って、ボールを叩きつぶしただけだよー」


「…だけ…って─」


 おそらく、その叩き潰されたボールの残骸ざんがいが、窓ガラスを直撃して吹き飛んでいったのだろう事を、千歳は何となく直感すると、長谷寺の持っているステッキに視線をやった。目にも止まらぬ速さがあったとはいえ、野球に使われる硬球こうきゅうを弾くのではなく、20mもない距離で叩き潰せるほどの強度をほこる凶器が、何で出来ているのかと興味を持ったのだ。教卓へ向かいながら、小首をかしげている長谷寺に、[ソレ]と指差して声をかける千歳。


「センセー、そのステッキ何で出来てんの」


「これ?これはねぇー、セカイ一硬い石で出来てるんだよー」


「ちょっと貸してくんねぇ?」


「イイよーっ!はいっ!」


 他人の言葉を疑うことなど、まるで知らない長谷寺が、何の迷いもなくズイッと目の前に差し出したステッキ。遠慮なく貸してもらおうと、千歳は手を差し出してステッキを持とうとしたが、その途端とたん、ソレは起こった。美しさを誇る少々先端がとがった黒いステッキが、教室の床にめり込んだ。何事かとザワつくD組のメンバー達が椅子や机の上に乗り、立ち上がって状況を確認すると、絶句した。


「おっもっ!!何kgあるんだよコレ」


「うーん、90kgだって言われた気がするー」


 よくぞ、こんな物を平然と軽そうに持ち歩けるものだと、3Dメンバーはある種の憧憬しょうけいの念を、感じざるを得なかった。何とか持ち上げようと、千歳がステッキの持ち手部分に手をかけた時チキッと音がして、長谷寺はあわてた様子で彼の手をおさえた。


「え、何だよ」


「んー、そのまま持ち上げると危ないんだよねー」


 形のい眉を八の字にして、困ったように彼の灰色ののぞき込んだ。至近距離で見つめ合うかたちになった二人、みるみる内に顔が赤くなっていく千歳は、完全に動きを止めて長谷寺の眼を注視ちゅうしした。彼はその虹彩こうさいの中に、深い深い、何色なにいろともつかない不思議な色を見た気がした。またたきの間に、長谷寺の虹彩は元の焦げ茶色へと戻っていた。疑問に思いながらも、なんとか千歳は言葉を口にする。


「な…にが、危ないんだよ」


 硬さと重量で表わせば確かに危ないステッキだろうが、それ以外に危険性のある物だという認識を、生徒達は持てなかった。このステッキは、仕込みのつるぎだ。黒聖石以外ならば、大体なんでも斬ることができる。千歳の言葉を受けて、長谷寺は彼の手をソッと退けると、誰かを傷つけたりしない様に、持ち手を真っ直ぐ上に引き上げた。まるで全ての光を吸い込むような黒く鋭い剣が、生徒達の前に現れた。


「いーい?コレ、さわるだけでスパッといくよ?キミたちには危ないから、覚えといてね?」


 初めてマトモな喋り方をしたと、全員が思った瞬間だった。大人しく首を縦に振った面々を前にして、剣をステッキにおさめると、長谷寺はまたニッコリと笑って誰にとも無く質問をした。そして此処ここへ、回帰かいきする。


「他には?ジュギョー、何すればいーの?」


「センセー、喧嘩はどうやってすんの?」


「えっとー、ケンカかぁー」


[どうやって殺すのか]と聞かれていれば、彼は迷わず答えを口にしただろう。彼の生まれ育った地区に喧嘩と言えるモノはあまりなかった、例えあったとしても、それは殺すことを前提にしたわざつけ合いだ。そこで実力が拮抗きっこうしていたなら、友にもなるし、協定を結ぶことにもつながった。





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