第10話・授業

 美しい彼が舞台へ姿を見せた刹那せつな、長谷寺に視線をそそいでいた彼等かれらは何か恐ろしい化け物を前にしたような感覚に襲われたのだった。平然と微笑ほほえましそうに見守っているのは、文喰いの高山だけだった。その後、吉川に3Dの教室まで送ってもらった長谷寺は、サボることもなく、様々な体勢で着席ちゃくせきして待っていたカラフルな髪色の生徒達に笑顔を向けると、教卓きょうたくに座って足を組んだ。


 生徒の自己紹介を聞こうとするでもなく、姿勢を正せと言うでもなく、何も言わず何もしない、ただニコニコと笑みを浮かべてソコにいるだけの教師に、今まで辞めていった教師達とは、余りにも違う彼のたたずまいに不安を覚える生徒達。慣れた場所にいるにも関わらず、所在なさげに辺りをキョロキョロと見回して、最終的にこのクラスのトップへと視線は集まった。適当に後ろへ流された白金髪、鋭い灰色の眼の、長身の少年が溜息ためいきを吐きながらゆらりと立ち上がって言葉を口にした。


「俺、この学年取り仕切ってる千歳ちとせ 白夜びゃくや。アンタが授業始めるの待ってんだけど」


「白夜くんね、分かった~。ところでさ、ジュギョーってなに?」


 自分たちのあたまの名前をいきなり〝くん〟付けで呼んだことに、ほんの一瞬だけ殺気立った生徒達だったが、その後に続いた言葉で一気に脱力した。まさか、教師に[ジュギョーってなに]と片言かたこと混じりで聞かれる日が来ようとは、流石の彼等でも想像したことはない。


「アンタ…ホントに教師かよ」


「そうらしいよ~?ねぇねぇ白夜くん、ジュギョーってなに?難しい?」


 生徒の口の利き方も、全く気にしている様子はない。生徒が教師に授業のやり方を教えるなど、本来ならありもしない事だろうが、今日この教室に於いて、その珍事ちんじが発生した。あやしく不気味な雰囲気をまとう美しい存在、しかし自分たちを無下むげに扱うことは無さそうだと検討けんとうをつけた彼等は、むしろ面白いのではと考えた。


 この状態を作り出したのは、毎度お馴染なじみの変人発明家ストラーナその人である。この世界ページいても、教師になるには資格が必要だが、ストラーナによって資格は完璧に偽造ぎぞうされた。明らかに教師としてオカシイ長谷寺でも、嵐堂学園側からすると別に構わない程度の認識と、教員不足に足掻あがいている実情から今にいたる。千歳ちとせを含むクラス全員がどう説明したものかと頭を悩ませていると、不意に、千歳が顔を上げて簡単な質問を一つした。


「アンタどうやって戦うんだ?」


「どうやって?戦う?」


 質問した言葉を全て質問で返された彼や生徒達は、いよいよ長谷寺がバカなのだという事を確信し始めていた。当の千歳は、困ったように頭をポリポリときながら、腰をかがめると、床に転がっていた野球ボールをひろい上げて目の位置まで持っていく。


「例えば、これが敵だとするじゃん?」


「そのボールが敵」


「…そう、で、俺が今からコレをアンタに向かって投げるから、どうやって攻撃するか見せてくれれば良い」


「なるほど!コレがジュギョーなんだね!分かったー」


 全く分かっているようには思えない一同だったが、つまらない授業をサボって仲間内で遊ぶ時間もあれば、こういう時間があっても良いかも知れないと思わせるものを、長谷寺は持っていた。取り敢えず千歳が手にしているボールをぶっ飛ばせば良いのだという事を理解できた彼は、教卓の上でステッキを片手に猛獣が獲物えものを狙い伏せるような体勢へと変容へんようしていく。誰一人として、その長谷寺の様子から目が離せなかった。千歳は思わず手に力が入りすぎ投げた瞬間[しまった]となるほどに、長谷寺に向かったのは剛速球だった。





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