第9話・壇上の化け物

 職員室に入った長谷寺、この先どうすれば良いのか、また分からない事に直面していた。ドアを開けて一歩入ったままの体勢で突っ立っている彼に、一人の男性教諭が話しかけてきた。長谷寺は、その男性教諭を視認しにんすると、喜びの表情を浮かべる。誰に話しかければ良いのか、ただそれが分からなかったのだろうと予想して、彼は口を開いた。


「あー…もしかして今日、着任ちゃくにんの先生?」


「うんっ、今日からランドー学園のセンセーだって言われてきたんだー」


 故郷こきょうにも学園都市はあったが、長谷寺は基本的に犯罪都市内で生活をしていた、教養や倫理、常識や道徳、そんな物とは〝ほぼ〟無縁の環境で生まれ育った。二十代半ばに見える長谷寺の、頭が悪そうな返答に若干引いた男性教諭だったが、他の教師達にも配られてあったコピー用紙に、改めて目を通すと、確かに一人の男性教諭が本日付けで3-D着任と記載きさいされている。彼のことを全く知らない男性教諭は、長谷寺が配属されるクラスを見て憐憫れんびんの眼差しを向けると名前欄を確認した─


「長谷寺…えーと、紫陽花あじさい先生?」


「はーい!長谷寺 紫陽花です!ヨロシクー」


「因みに担当教科は…え、武術?」


「あ、そうなの?知らなかったよー」


 全く話が進まない、早い時間に行われる週始めの朝礼、新任の教師の紹介があるとは言っても、生徒の集合率が非常に悪いことから、長谷寺が舞台の上に立とうとも、なにか弊害へいがいしょうじる心配も少ないだろうと、取り敢えず彼がこれから使うデスクに案内した。


「俺は吉川よしかわ 弘一こういち、2階にある2-Dの担任だ。まぁ…大変だとは思うけど頑張れ」


「はーい!ぁ、こうちゃんかぁ…こうちゃんと被るな、吉川くんでいっか!」


 本当に、話がどんどんれていく。それにしびれを切らせた吉川は、何故かステッキ以外の物を何も所持していない長谷寺の腕を掴んで体育館へ向かう。[よく腕を引かれる日だ]などとボンヤリ考えながら、吉川について行く長谷寺の第一印象は、人に手を引かれながら移動するヤツとなった。


 ついつい人の世話を焼いてしまう吉川は、これから、こと長谷寺に関して、大変な苦労をする羽目はめになる。襟足の長い茶色の髪に、鋭い焦げ茶色の目でキツそうに見えるが、根は優しい人好きのする笑顔から人に信頼されやすい男性だ。彼の手を引いて歩きながら、吉川は背後からせまり来るような得体の知れない不気味さを感じていた、それは体育館に着くまで続いた。そして壇上に上がるため、教員たちがならぶ前のほうに長谷寺を置いて離れると、あの得体の知れなかった不気味さが消えて[アレが長谷寺の気配]なのだと知った。


 吉川が、職員がならぶ列に立って朝礼が始まるのを待っていると、滅多めったにお目にかかれない光景が広がり始めていた。普段は朝礼に参加しない生徒達が続々と体育館に入ってきたのだ。迅とつながりがあり、季節外れの転校生とも面識めんしきがある、それがどんな人物なのか、直接見て判断したいという思いになったのだろう。学園長は、挨拶を手短てみじかに終えると、新任の若い男性教諭を紹介するべく名前を呼んだ。


 呼ばれたら壇上だんじょうへ上がるように、とあらかじめ教えられていたのを思い出した長谷寺。お気に入りのステッキをクルクルと回し、薄い上着をひらひらとなびかせながら、先程まで学園長がいた場所に辿たどり着いた。この大規模な学園都市の中でも一際ひときわガラが悪いとされる嵐堂学園には、三人の番長が各学年に一人ずつ存在する。D組は、相当素行が悪かったり、家柄いえがらがヤバい人間達の集まるクラスだ。そこに各学年のトップがいる、そして、そういうクラスの三年生を担当する事になったのが長谷寺だった。もちろん本人は、そんな事など全く知らない。


「マイクーマイクー…あ、コレか。オハヨー、3Dのセンセーになった長谷寺 紫陽花だよー、武術のセンセだよ、よろしくねっ」


 パッと花が咲くような笑みを浮かべて、自己紹介を終えた長谷寺が手を振りながら黒い長髪を揺らして壇上を後にすると、集まっていた生徒達は寒そうに腕をさすりながら体育館をあとにし始めた。





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