第8話・文喰い

 長谷寺は、そよ風に揺れる薄い上着をひるがえして満面の笑みを浮かべる。間近で見る造形美に、妖しげな誘惑をはらむ瞳に、迅は顔を赤らめながら彼の腕をとって嵐堂学園へ向かった。その歩調ほちょうは速い、20cm近い身長差の影響で長谷寺は小走り状態だ。首をかしげながらも付いて行く彼と、ただ前を向いてガシガシ歩いていく迅、その珍しい様子を多くの者達が目を点にして見ていた。


「おいアレ…REIのマスターだよな?」


「え、あ…マジだ…なんだ?あの後ろの奴」


 我が目をうたがっているような言葉が、あちらこちらで飛び交っていた。当の二人は全く気づかないまま、嵐堂学園の正門前に到着したが、迅はまだ手を放さない。夜の世界でもそこそこ名を知られている彼は、長谷寺を昇降口まで送り届けてから帰るつもりで来たのだった。そして、迅が想像していたよりも遥かに多くの者達からの視線を受けながら、二人は昇降口しょうこうぐち辿たどり着いた。所々窓ガラスが割れ、壁は見渡す限り極彩色ごくさいしきの落書きで埋め尽くされている。


「ここがランドー学園?だいぶユニークなデザインだね、楽しそーっ」


「…ユニーク…まぁ良い、最初に行く場所は分かってるな?」


「えーと、えーと、し?しゃ?」


「職員室だ」


「ショクインシツ!分かったー」


 かなりの脱力感を味わいながら、迅はこの男に教師などというものが本当につとまるのかと、自分事のように不安を覚えながらも、彼の頭を優しく撫でてからその場を後にした。長谷寺は、周りの不良たちに目もくれず楽しげにスキップで土足のまま校内へと入って行き、職員室へ向かった。ハズが、早々に場所が分からず迷子になっていた。


 数分間ただ突っ立ってどうしようかと悩みまくったすえ、ようやく誰かに聞けば良いのだと思い至った。辺りをキョロキョロと見回して歩いていると、長谷寺にとっては、よく見知った人物が目の前に現れニカッと笑って声を掛けてきた。


「紫陽花、なーに探してるの?」


 銀色の髪、アーモンド型の灰色の眼、長身の美少年、長谷寺の[存在意義]から生まれた文字いのち残骸ざんがいを、らう者、通称・文喰ふみぐらいだ。出身地区こそ違うものの、ずいぶん前に故郷の王都で出会ってからというもの、どこから情報を手に入れているのか彼はいつだって、えさが落ちていないかと長谷寺の近くを彷徨うろついている。どうやら今回は、生徒として潜り込んできたようだ。彼を見た長谷寺は、助かったと素直に喜びながら単語を口にした。


「ショクインシツッ!」


「連れてってあげるよー」


「わぁいっ!」


 自分の目の前で片言かたことのように発された[職員室]、連れていくと言われ万歳をして喜んでいるが、それが何かを彼は知らないのだろうという事は、長年の付き合いから容易に想像がついた。文喰ふみぐらいは、長谷寺の手を引いて廊下を歩きはじめる。つい先日、季節外れの転校生としてこの学園にやって来た彼が、さほど背の高さもない見慣れない格好の大人と手を繋いで歩くその様子は、不可思議な光景として学生や教師達の目に焼き付けられた。


 一人でも不気味なのに、二人が揃うと、まるでソコだけ混沌こんとんうず巻いているかの様になってしまう。さながら、鮮血がしたたる人間の首が入った沢山の風船と、それを手に愉悦ゆえつの表情を浮かべる道化師だ。容姿が飛び抜けておかしいというワケではないし、この弱肉強食の嵐堂学園にいて、まだ立ち位置が決まっているワケでもない。ただ、雰囲気だけが異様なことは、確かだった。


「あ、こうちゃん、センセーって何すればいいか知ってる?」


「─…んー、部屋の中で色々教えるっぽいよ?」


「そっかー、難しそうだねー」


 知識に関しては、二人とも大差ないようだ。全く理解していない長谷寺、なんとなく分かっている気がしなくもない文喰い。因みに、長谷寺が口にした[晃ちゃん]とは、文喰い高山たかやま 晃一こういちの愛称である。しばらく歩いて職員室に着くと、高山は長谷寺が入室するのを見届けて、鼻歌を歌いながら軽快けいかいな足取りでその場を去った。




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