第7話・好奇心

 彼は一歩、後退あとずさった。初対面のとき一対一で視線をまじえると、大体はこういう状況になるのだが、長谷寺が物事を深く考えないタイプなせいで、いつも首をかしげて終わる。長谷寺には、あらゆる意味で自覚というものがない。


「どーしたの?」


「いや、何でもないです…」


 心底不思議そうにしている彼を見た透は、この人物に深入りしてはいけないと、本能的に首を横に振りながら兄を見てみた。すると、ちょうど準備が整った所だったようなので、自分が片付けをしておくからと伝えて、透はカウンターへ入って行った。


「いってきまーすっ!」


「……行ってらっしゃい」


 ニコニコして両腕を振りながらドアへ向かう長谷寺の声を無視できず、渋々返事をした透だったが、なぜ自分だけが彼に対して苦手意識を持たなければならないのか、そう考えてドアが閉まると同時に頭をかかえた。深入りしてはいけないと、確かに感じたハズなのに。


好奇心という名の罪が、ジワジワと透の足下あしもとを、いずり上がっていく。開けてはいけない扉だからこそ、近づいてみたい、触れてはいけないモノだからこそ、感触を確かめてみたい、そしてソッと中身をのぞいてみたい、誰にも見つからないように。そのあとの事など考えもおよばない、だから魅惑されて禁忌に手を出してしまうのだろう。


 さて、店で透が身悶みもだえている頃、迅と長谷寺は嵐堂学園への最短経路を歩いていた。服装のせいもあって、どこか異国情緒いこくじょうちょただよわせる長谷寺に視線を向ける害のありそうな者は多かったが、隣にいる迅の姿が目に入ると、みな慌ててその顔をそらした。そんな事が起こっているなどとはつゆ知らず、長谷寺は呑気のんきにステッキを振っている。長谷寺のバックに自分がいると知れれば、大抵たいていの者は余計な手出しを進んでしはしないだろうと付いてきた迅は呆れ顔だ。


「お前なぁ…うちの店だろうがマンションだろうが、この辺に住むんだろ?」


「迅ちゃんトコにお世話になるー」


「─…店では無防備でも構わねぇけどよ、頼むから外では警戒くらいしてろよな…」


「心外だなぁ、ホラッ!これブキだよ!」


 呆れられているという事は伝わったようで、長谷寺は桜色の唇を突き出しながら、その手に持っていた黒に金細工きんざいくが施されているステッキを、頭上高くかかげて見せる。魅惑的で、しかし呑気な印象を与えやすい彼の故郷は、周囲から犯罪都市と呼ばれるほどの無法地帯だ、暗闇に閉ざされた世界ページのソコでは、昼夜問わず物理や魔法での殺し合いがり広げられていた、それを良しとする場所だった。


 普通に道を歩きながら、飛んでくる魔力でコーティングされた銃弾や槍や斧、流れ弾ならぬ流れ魔法まで上手うまけて進まなればならない毎日、不老不死でも容赦無く放たれたソレ等に当たれば痛いのだ。妖魔である彼のことだから、別の世界ページで悠々自適の生活を満喫している黒魔女アデラインのように、闇や影の中を移動してもいのだが、ただ歩きたいだけの日もよくある。


 そんなある日、非常に珍しく真剣に考え抜いた長谷寺は、武器屋に特注品を作ってもらった、それが今バーンとかかげられている金細工が美しい黒いステッキだ。これは木で出来たモノではない、故郷一硬い黒聖石こくしょうせきで出来た一級品の、武器としても持ち歩くだけにしても使いやすく、彼にとっては邪魔にならない。そんな長谷寺の故郷事情を知らない迅が、長谷寺に胡乱うろんげな視線をやる。


「大丈夫だよぉー、ちゃんと帰りついて見せるから〜」


「…暗くなる前に帰って来なかったら、迎えに来るからな?」


「はーいっ」


 状況を分かっていないように見える彼を前に、迅は自分の携帯端末の番号を書いた名刺を渡して、いつでも困ったら連絡を寄越よこすように言って聞かせた。




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