第5話・紫陽花

 迅は、普段こういう感じの者ではない、意地が悪く、他人をからかうのが趣味だと言わんばかりの人物である。それが、こと長谷寺に関してはこうも心の揺れを見せるのだから、罪なものだ。せっせとクローゼットの中からハンガーを取り出して、振り返った長谷寺の頭を何ともなしに撫でて口を開いた。


「今日のぶんは俺のおごりだ、再会を記念してな」


「ほんとっ!?ありがとぉ〜」


 花がほころぶような笑みをたたえる長谷寺のあでやかさに、自分の顔が火照っていくのを感じて照れ隠しでまた彼の頭を優しく撫でると、ハンガーを押しつけてから[部屋着を貸してやる]と言い置いて自室へ向かった。迅から受け取ったハンガーに、ジャケット・白いウェストコート・白タイ・シャツ・タンクトップを掛けて鼻歌混じりにクローゼットに入れ終わった所へ、ちょうど迅が部屋着を持って入ってきた体勢のまま硬直こうちょくしていた。


「─…紫陽花あじさい?」


 上半身裸でドアに背を向けていた長谷寺は、自分の名前を呼ばれたのかと勘違いして、声のしたほうへ顔を向けた。迅の目からは彼の白い肌、着痩きやせするタイプなのか、しっかりと筋肉が付いているのが分かる状態だ。そして、その背中一面には、咲きほこる紫色の紫陽花あいじさい刺青いれずみが彫られていた。迅の視線を辿たどって、それが自分の背中に向けられている事に気づくと、長谷寺はニッカリ笑った。


「キレーでしょ?ケア大変だったんだけどねぇ〜、定着してくれて良かったよ~」


 身長が高いワケでも、顔の造形が男らしいワケでもないのに、その横顔と背はあやしさと男臭さを、轟々ごうごうと音をたてる渦のようにまとっていて、自然と人を魅了みりょうしてしまう。服を着せてしまうのが、誰かの目に触れさせてしまうのが勿体もったい無いとすら、思わせるほどに。


「迅ちゃーん、もしもぉーし」


 一向いっこうに動かない迅の手に乗っている部屋着を持ち上げながら、長谷寺は手を振ってみた。そこでようやく我に返った彼は、その色を消すことなど出来やしないと分かりつつも、耳まで赤くなった顔を腕で擦り、長谷寺に早く寝るよう言い捨ててさっさと自室に戻って行く。


 考えごとをする時の彼のくせなのか、桜色の唇に人差し指を押し付けて頭をかたむけるが、長谷寺には何が何だかサッパリ分からない。とりあえず言われたように早く寝ようと、まだ履いていたスラックスや靴下も脱いでボクサーパンツ一丁になり、まずは灰色のトレーナーへそでを通したのだが、ここに身長差が明確な形として出てしまった。


「えぇー…」


 両手が袖口に届いていない、背丈の足りなさにションボリとしながらズボンも履いたのだが、これも足が出ない。仕方なく袖を何度かまくり、ズボンはくるぶしの辺りまで布を持ち上げると、ゴムがそこから下へずり落ちないようにしてくれた。


 クローゼットに仕舞しまったジャケットからウォークマンを取り出すと、イヤフォンを両耳に差し込んで、お気に入りの曲を流す。そうしてからベッドを調ととのえ、掛け布団と枕がフカフカである事をしっかり確認してボフンッと身を投げて眠りにいた。


 翌朝よくあさ、長谷寺は自分の肩を揺らす大きな手に起こされて寝惚ねぼまなこで朝の挨拶を口にする。初出勤の日であるのに中々起きてこない彼を心配してやって来た迅だったが、部屋に入って目に飛び込んできた光景が心臓に良くなかった。白い枕カバーに癖の強い長い黒髪を散らせて、筋肉に包まれた色白の腹を出して片腕で目にふたをし、布団を蹴り飛ばしたまま大の字で寝ていたのだ。





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