第4話・心配事

 ようやく携帯端末を取り出すことに成功した長谷寺、少し画面を操作して目的の文面を見つけると、ドアの看板を[CLOSE]にして戻ってきた迅に向けて見せた。そこにある文章を読んだ迅は、なんとも言いがたい微妙な気持ちになった。教養が必要だとか人格者でなければつとまらないという学校ではなかったが、良いか悪いかで表わすなら悪いほうに振り切れている学校名がそこに表示されている。


「…嵐堂らんどう学園か」


「あ、ランドーって読むんだね」


 これから教師として働くあっけらかんとした本人よりも、この世界ページで生まれ育った迅のほうが心配になってきた。この店からも遠くない位置にある嵐堂学園の周辺は、非常に治安がよろしくない。以前やって来たときには、毎夜のように返り血にまみれて帰って来ていたし、今夜も無事にこの店に辿たどり着いた長谷寺のことだ、喧嘩けんかの仕方が分からないだとか、喧嘩が弱いという訳では無いだろうくらいは検討けんとうがつく。


 しかし嵐堂学園の教師ともなれば、ほぼ全員が一癖ひとくせ二癖ふたくせもある大人達ばかりだ。本人が望むと望まざると否応いやおうなしに名前も顔も周知しゅうちされて、色々な面倒事に巻き込まれやすい環境に置かれる。銃の携帯が許可されているこの都市と、その周辺にある暗黒街と、本当に何故こんながらが悪いと言って差し支えない場所に送り込まれたのかと迅は思ったが、おかげで密かに好意をいだいていた長谷寺が、自分の身近にいてくれそうな方向へ事が進んで良かったと考え直した。初出勤に自分が付いていけば、ある程度の牽制けんせいにはなるだろうと。


(あとは…─ボスにでも伝えとくか…)


「迅ちゃん顔がころころ変わってるけどダイジョブ?」


「ん?…ぁ、ああ」


 からになったショットグラスを、カウンター奥へ慣れた様子ですべらせながら、長谷寺が可愛らしく小首をかしげていた。思わず視線をそらしながらグラスを受け取った迅は、自分がグラスを洗い終わるのを待ちながら、椅子でクルクルと回っている長谷寺の子どもっぽさに軽くんだ。この時点では、元の世界ページにいる彼の関係者以外、誰一人として長谷寺が持つ本来の存在意義そんざいいぎに気づくことは無かった。掃除を終えた迅は、弟のとおるがカウンターに立って昼に営業するカフェの準備をすると、長谷寺に声をかけた。


「わりぃ、待たせたな」


「良いよーん、泊めてもらうだし~」


 2階の空き部屋に長谷寺を通してクローゼットを開けた迅は、彼の初出勤用の服を選び始めた、のだが、何故か妙な形をした服ばかりが大量にストックされていた。


「お前…マトモな形の服、持ってねぇのかよ」


「まとも?まともってナニ?コレの事じゃないの?」


 振り返った迅に、長谷寺はクルッと一周回って改めて燕尾服を見せる。[それだ]と答えそうになった彼だったが、違うそうじゃないと思い直して上着を探し始めた。彼が服を貸してやれれば早いのだが、如何いかんせん20cmも身長が違うとサイズの問題が出てくる。長谷寺は170cm、迅は188cmで、弟の透も184cmある。何となくスーツに近いよそおいになる形の上着が見つかり、彼に上着だけ着替えるよう言って渡した。


袖口にフリルがあしらわれている事が少し気になったが、この際少しくらいは仕方なし、という格好になった。元の世界ページで彼が着ていた黒いスーツはどうしたのかというと、あまりにボロボロだったのでマンションを出る際、ゴミ捨て場に捨てて来てしまったのだ。姿見の前に立ってクルーリと回ると、長谷寺はニコニコと満足そうに柔らかく微笑んで迅に礼を言った。


「ありがとうっ!あ、そうだお酒の代金っ」


 会計をすっかり忘れていた事に気づいて、以前この世界ページから去る際に置いて行った財布を探し始めた。迅は、良い意味での強烈な微笑みにノックアウトされながら、何とか長谷寺の肩を軽く叩いた。





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