第3話・やぁこんばんわ

 ニコニコと笑いながらカウンターの椅子に座る青年を目にして、カウンター内の男性はしばらく固まっていた。が、彼からの注文を聞いて反射的に酒をシェイカーに入れ始めた。店内で流れているジャズに耳をかたむけながら、ひじを付いて酒を待つ青年、不意に何かを思い出したように、パッと自分の目の前でシェイカーを振る男性へ視線をやる。


「そういえばさぁ、じんちゃん何でさっき驚いてたの?僕なんかしたっけ?」


「……5年ぶりに、いきなり1人で来たと思やぁ燕尾服えんびふくにシルクハットにステッキのセットだぜ?ここじゃ浮くぞソレ」


「え、そうなの?おかしいな、シャツにスーツなら大丈夫って言われたんだけど…ちょうど部屋に置いてあったし」


 アルフォンソは確かに[シャツにスーツ]と伝えたのだが、青年の頭の中では、彼が普段着ている服に変換されてしまった為に、今のセットになったのである。心底不思議そうに首をかしげる青年を前に、そういえばこの男はこういうヤツだったと、いつでも何処どこでも自由な彼への淡い恋心と共に思い出して脱力しながら、酒が入ったショットグラスを差し出した。


「大丈夫じゃないほうに解釈したんだな、あとで見繕みつくろってやるから、ソレは止めとけ」


「はぁい、いただきまーすっ」


 アルコール度数が高いそのカクテルを少量ずつ飲み、舌に馴染なじんだ味を感じて、フンワリと柔らかな笑みを浮かべる美しい青年。彼の顔を、じんと呼ばれた男性はグラスを磨いて見つめながら、客が帰ったあとで良かったと何気なく考えていた。


 彼等が最後に会ったのは、ちょうどこの一帯で新興しんこう勢力との抗争こうそうが起こっていた頃で、何にでも首を突っ込みたがる青年が、闇討ちをしまくって毎日のようにスキップしながら返り血塗ちまみれで来店していた所を、故郷からやって来たという男性が彼の首を鷲掴わしづかみにして帰って行ったときだ。その男性は、それから何度もこの店にやって来ては、色々と迅の手助けをしたり世界ページの説明やせかいかたを丁寧に教えた。今では、青年にプラチナ製の細いチョーカーを取り付けたあの男性は、迅にとって憧れの存在となっている。


「ねぇねぇ迅ちゃん、今日泊まってってイイよね?」


「…泊まってけ、マンションの1階フロントで倒れて大の字で寝てるよりゃマシだ」


 この青年は、何をするにも何処どこか危うさがあって、毎回毎回ギリギリアウトの位置を何故なぜか選んでいることが多い、そのせいもあって、彼が近くにいると迅はどうしても気になって仕方がない。この店の造りは、建てられた当初から2階が住居スペースになっており、部屋は3部屋ある。現在ここに住んでいるのは迅と、その弟・とおるだ、残りの1室はほぼ青年の私物だけが溜まってあふれている。[もう一杯~]と頼まれてグラスを下げ、新しくショットグラスを取り出すと、また同じカクテルを作り始めた。


「これで終わりにしとけよ?なんか用事があってコッチに来たんだろ?」


「はぁい、あ、そうそうっ!僕ね、この世界ページでガッコーのセンセーするんだ〜」


 思わず、迅のシェイカーを振る腕が止まった。彼の認識では、目の前の青年はドジで年不相応な無邪気さを持ち合わせた戦闘狂だ。何度も[学校の教師]という単語を頭の中で繰り返し、数分してようやく理解すると、グラスにカクテルを注ぎながら青年を見つめて言った。


長谷寺はせでらそれ、マジか」


「うん、まじー。明日からだってメッセージ来た」


「学校どこだよ」


「えっとねぇ、ちょっと待ってね?」


 大規模な学園都市である此処ここら一帯には、いくつかの学校が存在する。超がつく金持ち子息令嬢用の全寮制学校から、底辺を突き抜けて地獄のような学校までが散らばっている。イイ感じに酔いが回ってきている青年、長谷寺はせでらがモタモタと燕尾服のポケットを探って携帯端末を取り出そうとしているのを見て、迅は[そういえば、こういうトコが可愛いんだよな]などと明後日の方角へ思考を飛ばしていた。





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