第2話・クリミーネ

 高層マンションが建ち並ぶ大規模学園都市に夜のとばりがおりた頃、そのマンションぐんの一室で、パソコンの他にも本らしきものが何十冊と積み上げられている四つ足テーブルに脚を組み、手元で携帯端末けいたいたんまつをいじっている青年がいた。


 白い肌、焦げ茶色の垂れ目、クセが強い黒い長髪はざつにハーフアップにされている。中性的で、20代半ばくらいに見えるその青年の桜色の唇は、不満そうに尖っていた。携帯端末をテーブルの上に放り投げ、椅子に腰掛けたままクルクルと回る彼は、翌日よくじつから始まる新しい生活に対して頭を悩ませていたのだ。


 しばらく回り続けた結果、目が回って椅子からころげ落ちたところで、青年はようやく、知人にでも連絡して分からないことを聞けばいのだとひらめいた。よろめきながら、つい先程テーブルの上に放り投げた携帯端末を再び手にすると、よく話す相手の番号にリダイヤルボタンを選択して耳に当てた。


「もしもぉーし、もしもぉーし、紘之助くーん」


『─貴様、私になにうらみでもあるのか』


 通話相手は、青年の友人…もとい、彼がよく迷惑をかけまくっている一族のNo.2だ。受話口からは、紘之助が低くうなるように発した言葉と、可愛らしいあえぎ声が聞こえてきて、青年は人差し指を唇にやって小首を傾げた。そういえば、彼は最近ようやく愛する者と結ばれたのだと聞いた気がすると、やっと思い出した。


「あ、お邪魔してゴメンよ〜、またね~」


 一応謝ったが、通話相手は無言で終話ボタンを押した。この青年は、大概たいがいタイミングというものに恵まれない事が多く、周囲の者達もそれだけはよく理解している。彼は全く気にする様子もなく、次の人物に電話をかけた。


『こちらアルベル、清掃の御依頼で─』


「アルフォンソ、僕だよ~」


『なんだクリムさんでしたか〜、今日はどうしたんですか?』


「明日から新しい仕事が増えるんだけどね?服が決まらなくて困ってるんだ、キミ服いっぱい持ってるし、なんかこの世界ページにも決まり事あるかなぁって」


 青年は、今度はよく世話になる人物に電話した、彼は死体の清掃・調理を専門としている。彼が口にした[クリム]とは、青年がこの世界ページへやって来る直前に、ショットバーで会っていた男性が呼んでいた[クリミーネ]を略した呼び方だ。時々この世界ページにやって来てはいたが、常にあの男性が一緒であったし、人間達と深く関わることも無かったから、青年はこの世界ページのルールに詳しくない。自分の役割上、まず無難ぶなんな服装にしなければならない、というのが彼の最大の問題だった。


『ときどき奇抜きばつ格好かっこうしてますもんねぇ…でもクリムさんがそんなに悩むなんて珍しい、どんなお仕事なんですか?』


「ガッコーのセンセーっていう仕事、全然何する仕事か知らないんだけど…」


 それを聞いたアルフォンソは、電話の向こう側で絶句していた。良く言えば無邪気で、物事をあまり深く考えない、単純なこの青年に教師が勤まるのかと。そんな無茶振むちゃぶりを誰が…という所まで考えて思い出したのは、彼がせかいにあった世界ページを丸ごと1ページ分消滅させた事だった。なるほど、と納得して、アルフォンソは無難な服装と持ち物だけを教えた。


「うんうん、わかった。ありがとー」


 聞いた事を紙に書きめて会話を終えると、壁にメモを貼り付ける。それを見て一つうなずいた青年は、ある場所を目指して部屋を出た。そこは、この世界ページの中でも行き慣れた場所、大規模学園都市と、その周辺に点在てんざいする暗黒街の境目さかいめに建てられているバー[REI]だ。泊まることもあったりした為、ここで使える貨幣や紙幣、服のたぐいも勝手に置きっぱなしにしている。


 若干迷いながら目的地に到着すると、なつかしいドアに手をかけて躊躇ちゅうちょなく開き、挨拶をしながら入って行った。その視線の先では、長身で、短い黒髪と切れ長の黒目の美丈夫が目を丸くして青年を見ていた。





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