罪─刻む世界の群像劇─

江戸端 禧丞

第1話・始まりのBAR

 深夜、大抵たいていの者が眠りにいただろう時間、個人経営の小さなショットバーのカウンターで、二人の男性が隣合となりあって座り何かを話していた。どうやらおもに話しているのは、背後からでもよく分かるキッチリとしたフルオーダーであろうスーツを身にまとった男性のほうで、その横にあって、しょんぼりとした雰囲気をかもし出している真っ黒なスーツを着ている男性は、どうやらしかられているらしかった。


 いつもの事なのか、バーのマスターはしれっとショットグラスに酒を注いでは出しを繰り返している。叱られている男性は、目の前に出された何十枚とある書類にペタペタと血判けっぱんを押す片手間で、ショットグラスに注がれる酒を飲み干していく。書類全てに血判けっぱんを押し終える頃には、アルコール度数の高い酒が入った酒瓶さかびん数本がからになっていた。


 疲れきってカウンターに突っ伏した男性を尻目しりめに、彼を叱っていた男性がようやく口を閉じて、書類を一枚一枚しっかり確認した。革製のかばんからプラチナ製の細いチョーカーを取り出すと、隣の男性の上半身を起き上がらせて、その首にカチッとめる。彼は嫌がる素振そぶりもなく、されるがままだ。


 空気を震わせる低い低い声が、あでやかさをまとって満足げに言葉をつむぐ。呪文のように、言霊ことだまのように、その身の遥か上から下される命令。


「私に、お前の生きざませてみろ。クリミーネ、今度は壊すなよ?」


「はぁい、そんじゃ、行ってきまぁす」


 隣にいる上等なスーツを着こなすこの男性に、こんな軽口を叩くのは、どの世界ページを見たとしても彼くらいだろう。ガタリと音をさせながら、のっそり立ち上がった真っ黒なスーツを着た青年は、自分を[クリミーネ]と呼んだ男性に向かってヒラヒラと手を振り、いつの間にかドア前に移動していたマスターが、そのまま青年を送り出せるようにして待っていた。青年はヘラッと笑って、マスターにも手を振った。


「また、いつでもお待ちしております」


「あんがと~、あ、マスターこれあげる」


 地下の店から、地上に向かう階段を上ろうと一歩足を踏み出したところで、店主は青年から彼の大好物であるイチゴ飴を渡されて苦笑しながら礼をべると、階段を上っていく彼の後ろ姿を見送って店内へと戻った。書類をかばんに仕舞った体格の良い男性は、先程まで一緒にいた青年の分の会計も合わせて済ませ、最後の一杯を飲みながら溜息ためいきを吐く。


「全く…毎回毎回、つくったはしから壊すようなヤツが出て来るとは…」


「そういう所が面白いと、毎回おっしゃってますよ?」


 男性の言葉に、確かにそうだと鼻で笑い、グラスの中身を飲み干した。かなりの長身で、ガッシリとした立派な体躯たいくせ返るような色気いろけで店内を満たしていた彼も、深夜の街の闇の中へと消えていく。マスターがカウンターを見ると、きんや宝石などが小さな山を築いていた。話を聞いていた事に対する口止め料だとぐに気づいたが、あの男性がこんな事をせずとも、店主は誰に何をらすつもりも無かった。それすら分かっていただろうに、こうして物を置いていってくれる、それはそれ、これはこれという事にして、マスターは今回も有り難く、これらを頂戴ちょうだいする事にした。


 その頃、青年は自分の家に帰りつき、ある程度の必要な荷物をどデカいリュックサックにまとめ屋根にのぼり、何も見えない闇色の空を見上げていた。シャツもネクタイも、全部が黒い青年の手には、ストラーナから渡された小さな[異世界移動装置]がにぎられている。行き先は、彼もよく知る場所だ。先程まで一緒だった男性に、時折ときおり声をかけられては、色んなものを一緒に見てきた。何人か知っている者達もいるし、るようにるだろうと、自分はやりたい事をしていれば良いと、楽観的な彼らしい思考回路にもとづいてボタンを押した。




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