第8話 熱刃

「大事なパトリス様を逃がしちゃったけどよかったの?」

「どうせ逃げ切れやしない。それよりも私は、あなたにも用があったから?」

「私に?」


「……自業自得なのは分かっている。全てはあの子自身の責任。それでも、あなたがパトリス様に近づきさえしなければ、あんな悲劇は起こらなかったのではと、そんな想像をしてしまう私がいる。カントループ様のことだってそう。誰よりもボードレール家を愛したカントループ様。あんな死に方をしていい人じゃない。ここで仇を討たせてもらう」


「憎らしいのはこちらも同じよ。私たちを邪魔建てした報いは受けてもらう。逃げる前に、せめてあなたの首をなぐみものにせさてちょうだい!」


 ハルマが高らかに叫ぶと同時に、十数名の部下が一斉にゼナイドとカジミールを取り囲んだ。傭兵風の出で立ちをしているが、虚ろな表情と圧力を感じさせる独特な気配から、全員がアマルティア教団の戦闘員であると思われる。


「ゼナイド、雑兵は俺が引き受ける。お前はお前の決着をつけろ」

「ありがとう」


 多弁は不要。両者即座に行動を開始し、カジミールは戦闘員の集団へと殴り掛かり、ゼナイドはハルマへ斬りかかるべく、ジリジリと間合いを詰めていく。


「生憎だけど、あなたの相手はこの子よ」


 突如激しい揺れと共に異形の巨体が床面を突き破り、ゼナイドとハルマの間に割って入った。


 地竜の一種で、二足歩行のサイのような姿をした魔物、プロスボレ。天井擦れ擦れの四メートルの巨体に加え、全身を覆う厚い皮膚の装甲と鋭利な突起。パワーも桁違いで、人体を素手で引き千切る程の膂力りょりょくを持つ。

 ハルマ自身も戦闘能力を持ち合わせているが、最も得意とするのはあくまでも召喚術。ゼナイドを招き入れるにあたり、伏兵としてプロスボレを召喚し、屋敷の地中へと忍ばせていたのだ。


「プロスボレ。目障りなありをすり潰してしまいなさい!」


 ハルマの命令を受け、巨体のプロスボレがゼナイド目掛けて右腕で殴り掛かって来た。剛腕だけでもゼナイドの体格を遥かに上回る。直撃を受ければ挽肉ミンチは必至だが。


「堅牢で大きな体。試し切りには丁度いい」


 刹那、ゼナイドがクレイモアを片手で軽々振るったかと思うと、殴り掛かったプロスボレの右腕が落ちた。当然、剛腕はゼナイドを捉えることはない。切断面からの出血はほんの僅か、傷は一瞬で焼き塞がれていた。


「良い剣だわ。皮膚の鎧がバターのよう」


 赤く発熱した刀身が床面へ触れ白煙が上がる。初めて扱うその力を、ゼナイドは自分でも驚くほど冷静に使いこなしていた。

 刀身が発熱し対象を焼き切るその力。ぶっつけ本番での使用となってしまったが、披露した通り破壊力は申し分ない。


「ま、まだよ! プロスボレ! その程度で止まるあなたではないでしょう!」


 ハルマの激昂に呼応し、プロスボレはその巨体全身を使ってゼナイドを押しつぶそうと突撃するが、


「遅いわ」


 ゼナイドは終始冷静にプロスボレの巨体をさばき斬る。突進の軌道から外れると、始めに容易く両足を切断し転倒させ、次に掴みかかろうとする左腕を落とし、止めに首を落としてやった。生命活動を停止したプロスボレは存在を保てず、黒い霧状になって消滅していく。

 焼き切ることで刀身は皮膚や肉に引っ掛からず、刃こぼれも起こさない。切れ味を保ったまま、最低限の動作だけで対象を焼き切れる。相乗効果で剣速そのものも上がっていた。


「……そんな、私のプロスボレがこうも容易く」

「皮肉なものね。元々はあなた達が使っていた力が、今はあなた達を追い詰めているのだもの」


 最大戦力であるプロスボレが撃破された時点で、ハルマはすでに戦意を喪失していた。辺りを見回すが、配下の戦闘員達はすでにカジミールのメイスの餌食となっていた。


「……くそ、ならばせめて」


 今のハルマに出来ることは、情報を漏洩しないために自害を持って自らの口を封じることのみ。ブラウスの胸元を引き千切り、右手で自害用の魔具「ノタ」を握ったが。


「やらせると思う?」

「お前――ああああっ!」


 ハルマが発動を念じるよりも、ゼナイドの剣速の方が僅かに上回っていた。

 ゼナイドはクレイモアをまるで長剣のように器用に扱い、先端部でハルマの右手首だけを切り落とした。切断の瞬間に傷口を焼かれる痛みでハルマは悶絶し、その場でのた打ち回った。


「……仇を討つんでしょう? だったら殺せ!」


 ゼナイドの感情を逆撫ですることで、ハルマはなおも死を望もうとするが。


「嫌よ。あなたの望み通りになんて絶対にさせてあげない。あなたは骨の髄まで情報を絞り尽された挙句に、法の裁きによって死んでいくの。それが私の望む仇討ちよ」

「……あなたの顔、絶対に忘れない――」

「そう、私はさっさとあなたの顔は忘れさせてもらうわ」


 激痛で意識を失ったハルマの耳に、ゼナイドの皮肉が最後まで聞こえていたかは分からない。ボードレール家の元臣下として、良きも悪きも、ボードレール家で過ごした日々を忘れることはないだろう。だが、その中に外野まで入れてやるつもりはない。ゼナイドとハルマの因縁はこれで終いだ。


「こちらも終わったぞ」

「お疲れ様、団長さん」


 戦闘員を全滅させたカジミールがゼナイドの下へ合流した。付着するのは返り血ばかりで、カジミール自身は無傷で戦闘を終えたようだ。


「俺やソレイユ様へ相談してくれたことは、良い判断だった」

「いい歳して、感情だけで動いてもいられないからね。過去の因縁にケリをつけると決めた。それは、現在いまを尊ぶということでもあるから」


 コクトーと接触した後、ゼナイドは主君に迷惑をかけてしまうことを申し訳なく思いながらも、ソレイユに事情を説明し、藍閃騎士団として正式にクロシェットの捜査に協力してもらえるように嘆願した。主君に仕える騎士として、誠意とは迷惑をかけないことではなく、時に迷惑を承知で胸を開くことにあるとゼナイドは考えたからだ。

 ソレイユはゼナイドの意見を快く受け入れ、コクトーを通じてフィエルテ王子へと打診。王子もそれを快諾し、クロシェットと藍閃騎士団の正式な共同作戦と相成った。


「だが、それでもお前はやはりまだ熱くなりやすいな。単独行動を取らなかったことは良いが、ボードレール家に意識が向き過ぎて、本来の目的であった武器の受け取りを忘れてどうする」

「ははは、それについては反論のしようもございません」


 有事に備え、カジミールが代わりに受け取りに行ったから良いものを、新たな武器が無ければプロスボレとの戦いに苦戦を強いられた可能性は否定出来ない。バツの悪そうな顔で頬を掻くゼナイドを前に、カジミールは溜息交じりに肩を竦めた。


「あちらも、そろそろ決着した頃かしら」

「良かったのか? お前自身の手でパトリスを捕らえなくて」

「これはもう、私だけの問題じゃないから。重罪人を捕らえるべきは、相応の立場のお方じゃないと」


 ゼナイドがパトリスを追わずにハルマとの戦闘を優先させたのは、王子暗殺未遂事件に関与した重罪人であるパトリスに、もう逃げ道など存在しないから。パトリスに引導を渡すのは、事件の当事者かつパトリスが最も畏怖するであろう最大権力者こそが相応しい。

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