第7話 領主の器
「その発言、自身の関与をお認めになったと受け取ってもよろしいでしょうか?」
「君には負けたよ。ご推察通り、私は三年前から教団と通じている。教団とレーブ王子を繋いだのも私だよ」
「そうまでして、当主の座が欲しかったのですか?」
「当然だろう。教養、資質ともに私の方が当主の座に相応しかろうに、先に生まれたというだけで兄が最も近い位置にいた。こんなふざけた話があるか?」
「そのためならば、血を分けた兄弟を
「そのぐらいの野心がなければ、領主など務まらぬだろう」
「野心などと笑わせないでください。自らの手を汚さずに弟とその臣下を利用した、ただの卑怯者ではありませんか」
「言わせておけば、私を侮辱するか貴様!」
「それが事実ですよ。あなたは領主の器ではない」
「
「ならばその間、あなたは民に目を向けましたか?」
「何?」
「王都での影響力を高めようとするあまり、現在のボードレール領は領民の声を軽んじている。そんな現状に危機感を抱いたからこそ、カントループ様も三年間の沈黙を破って動かれたそうですよ」
「私は領の未来を思って動いているのだ。いずれ民の理解は得られるさ」
「罪なき家族を私欲で切り捨てるようなお方を、誰が支持しましょうか。現状は疑惑に過ぎないとはいえ、民は間違いなくあなたを畏怖している。身内殺しも厭わぬ領主が統治する未来、圧政を想像する者も少なくないでしょう」
「私を恐怖の支配者だとでも?」
「あなたは自身を領主の器と言ったが、身内を手にかけてまでその地位を欲した時点で、その器ではなかったのですよ」
「貴様!」
「何度でも言いましょう。あなたは領主の器ではない」
未熟を自覚しながらも、民を思い必死に領主として自分を律する少女がいる。
都市の代表としての己の資質を疑いながらも、悲劇を乗り越え再興を目指す統治者がいる。
最期の瞬間まで民と領のことを思い続け、戦渦の中で非業の死を遂げた領主がいた。
だが、目の前にいる男はどうだろう。
己の地位向上にばかり執心し、民に寄り添うことを知らない自分本位な姿勢。
民もまたそんな男を評価せず、集まるのは尊敬ではなく畏怖の念ばかり。
パトリスは領主の器ではない。ゼナイドの知る立派な領主たちと同列に語ることは、彼らに対してあまりにも失礼だ。
「……証拠は、まだお前の位置で止めているのだったな。ならば、ここでお前を消す他あるまい。魔具とお前の証言が無ければ幾らでも言い逃れが出来る」
パトリスが手を打ち鳴らすと、奥の部屋に待機していたハルマと配下の戦闘員が応接間へと雪崩れ込んだ。貴族との接見の場とあり、古なじみとはいえゼナイドも入口で装備を取り上げられている。相手は騎士とはいえ丸腰の女一人。数の暴力で排除することは容易いとパトリスは高を括っていた。
「あなたはアマルティア教団の人間かしら?」
ゼナイドは眉根一つ上げず、淡々とハルマの方を
ハルマ達は、解任されたボードレール騎士団と入れ替わりで戦力として招かれた傭兵団とされているが、騎士団解任から傭兵団雇用までの手際があまりにも良すぎる。全ては予定調和だったとしか思えない。傭兵団とは仮の姿。時期的に見てハルマ達の正体は、パトリスに接触した教団関係者の可能性が高い。
「ご名答。私達とパトリス様のよりよい関係のために、この場で死んでちょうだい」
「ゼナイド、君は愚かな女だよ。素直に私の寵愛を受け入れれば、何不自由ない生活をさせてやったものを」
「愚かなのはそちらの方ですよ。これでもう、言い逃れは出来ませんね!」
「がっ!」
ゼナイドが勢いよく蹴り付けたテーブルがパトリスの腹部に直撃、ハルマが呆気に取られた隙にゼナイドは素早く飛びのき、窓際まで後退した。次の瞬間、長身のシルエットがガラス窓を突き破り、飛び散るガラス片と共に屋敷内へと侵入を果たした。
「ど派手な登場ね」
「これが一番手っ取り早かったのでな」
微笑を浮かべると、カジミールは背中に帯剣していたクレイモアをゼナイドへ手渡す。
「そもそも今日はこれを受け取りに行く予定だったろうに、随分と大事になったものだ」
「本当にね」
何事も無ければ今頃は、感覚を確かめるために修練場で新しい武器を振るっていたことだろう。苦笑を浮かべながらも、ゼナイドは何時でも斬りかかれるよう、クレイモアを構えた。
「貴様、何者だ?」
「お初にお目にかかります、ボードレール卿。私は
「藍閃騎士団だと? ゼナイド、これはいったいどういうことだ!」
腹部の痛みも忘れ、パトリスは約束が違うと言わんばかりに声を荒げる。
「先の王子暗殺未遂事件にも関わる事柄故、私個人の胸に留めるには話が大きすぎます。全ての事情は主君であるソレイユ様に打ち明けました。今の私はルミエール家に仕えし騎士ですから。これまでのやり取りは全て、衣服に忍ばせた魔具を通じて他の者にも聞かせていました」
「……貴様、私を
「騙し討ちなど、本来は騎士のすべきことではないでしょう。だけど、カントループ様の思いを無駄にしたくはなかった。
パトリス様、あなたの主張は正しかった。ルイゾン様の魔具が出てきたのは本当ですが、それだけではあなたを追及するには弱い。だがあなたは恐怖心から、証拠を匂わせる私の口を封じようとなさった。私以外の者もその瞬間を聞いていた以上、言い逃れは出来ませんよ」
「……いいや、まだだ。私はまだ負けてはいない。
裏の歴史故に地方貴族のパトリスが知らないのも無理はないが、アルカンシエル王家とルミエール家は、一方は歴史上の英雄、一方は影の英雄として、建国以前から親密な関係にある。加えてソレイユ個人も、第三王子シエルや第二王女ペルルとは気心しれた幼馴染でもある。もちろん、これまでに何度もアマルティア教団の企みを退けて来たソレイユ自身の存在感も抜群だ。当人は権威を振るいたがるタイプではないものの、発言の影響力は間違いなくソレイユの方が上回っている。
加えて今回のゼナイドの行動には、とても大きな後ろ盾が存在する。そもそも影響力云々でパトリスに勝算など微塵もない。
「主君を侮辱するような発言は許しませんよ。それに、どう足搔いたところであなたに逃げ道など存在しません。今回の私の行動の後ろ盾となってくださったのはソレイユ様ともうお一方、フィエルテ様ですよ」
「……なんだと?」
中央の貴族と懇意だからと辛うじて繋いでいた自信が脆くも崩れ去る。王族の関与など、もはや貴族どころの話ではない。
「魔具を通じて一連のやり取りは王子へと筒抜けです。これがどういう意味か分からぬパトリス様ではありませんよね?」
追い詰められたパトリスは今にも泣きそうな表情で体を震わせている。王族に、それも王子の中で最も冷徹と評されるフィエルテの逆鱗に触れてしまった。もはやそれは、アルカンシエル王国そのものを敵に回すに等しい。
「パトリス様、恐怖に震えている暇などありませんわよ。見たところ屋敷へやってきたのはあの二人の騎士だけ。大部隊はまだ到着していない。あの二人さえ殺せば逃げ延びることは出来ますわ」
パトリスとは対照的にハルマは余裕の笑みを崩さない。小心者の貴族とは異なり、ハルマはアマルティア教団所属の人間。こういった事態も当然織り込み済みだろう。
「……しかし、逃げたところで私は破滅だ。地位も名誉も、全てが水泡に帰す」
「このまま捕まれば、大罪人として処刑台送りは免れませんわ。いいえ、王子暗殺に関わった大罪人はより苛烈な責め苦を受けるやもしれませんわよ? 無様だろうと、逃亡者の方がマシというものでしょう」
「し、死ぬのは嫌だ」
半狂乱となりながら、パトリスは一目散に応接間から逃げ出した。ハルマの部下らしき男が二名、慌ててその後を追っていく。
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