第6話 追及
「ゼナイド、まさか君の方から訪ねて来てくれるなんて」
「接見をお許しいただき感謝します。近々王都を発たれると伺っていたので、その前に是非ともと思いまして」
夕刻。ゼナイドは単身でパトリスの元を訪ね、豪邸の応接間へ通されていた。
この豪邸はボードレール家と親交のある貴族の別宅であり、王都滞在中はパトリスが仮住まいに利用している。屋敷内にはパトリスの他、秘書兼護衛のハルマを筆頭とした部下十数名が待機中だ。
「今更こんなことを言っても信じてもらえないかもしれないけど、騎士達を解任しても、私は君のことだけは引き留めるつもりでいたんだよ」
「そう、だったんですか? 初耳でした」
「君はとても美しいからね」
「美しい、ですか?」
「冗談でも、世辞でもないよ。君のような美しい人を手放してしまったことを、私はとても後悔しているんだ」
「……パトリス様」
テーブル越しに向かい合うゼナイドの手を、パトリスは熱視線と共に両手で握った。
「君さえよければ、ボードレール家に戻ってきてはくれないか? 私は騎士団の再興を考えていてね。是非とも君にも力を貸してもらいたい」
「今の私はルミエール家に仕える騎士ですよ。元主君のお誘いとはいえ、それに応えるのは不義理というものです」
「ソレイユ様には私の方から話をつけよう。不義理を働かせるのだ。無論、相応の誠意は見せるつもりだよ。今後のルミエール領の復興を目指す折、きっと力になれるはずだ」
「……そうやって、今度はソレイユ様に取り入るつもりですか?」
「ゼナイド?」
握られた手を、ゼナイドは感情的に振り払った。突然の出来事に驚愕し、パトリスの瞬きの回数が激増する。
「私が今日こちらへ伺ったのは、パトリス様に真実を問いただすためです」
「何を言っている?」
「屋敷の執事長だったカントループ様のご遺体が発見されました。パトリス様は無関係ではありませんよね?」
「カントループのことなど知らない。王都へ来ていたというのも初耳だ。しかも、遺体が見つかっただなんてそんな……」
元使用人の訃報に胸を傷める人格者を演じ、パトリスは悲痛に表情を曇らせて見せるが。
「芝居はお止めください。カントループ様は私に、様々な情報を残されました。パトリス様は先の王子暗殺未遂事件に関わっておられますね?」
その言葉を聞いた瞬間、パトリスの眉根がピクリと上がった。大仰な芝居は出来ても、感情の機微を隠せるほど芝居上手ではないようだ。
「カントループ様からもたされた情報は、今はまだ私一人の胸に留めております。これはボードレール家に仕えていた者としてのせめてものご配慮です。出来れば告発ではなく、自首という形で自らの罪と向き合って頂きたいですから」
「犯してもいない罪と向き合えというのも無茶な話だろう。いかに君といえども無礼ではないかな?」
「ご不満というのなら、口上で私を説き伏せてくれても構いません。私は私で勝手にお話しを続けるだけです」
「……いいだろう。続けたまえ」
感情的になっても徳はないと判断したのだろう。まだ焦る程の状況ではないと、パトリスは余裕をもって続きを促した。
「パトリス様は、暗殺者であるアマルティア教団と王族であるレーブ様とを繋いだ仲介人だったのではありませんか? レーブ王子の心境に変化が訪れてから程なく、王子は公務でボードレール領に滞在し、以降もお手紙のやり取りが続いていたそうですね。それこそが暗殺計画のやり取りだったのでは?」
「手紙をやり取りしただけで、暗殺の片棒を担いだと疑われては堪らない。領に滞在した日々の中で、光栄にもレーブ様は私に好感を抱いてくださった。良き友人として、手紙のやり取りを続けて何が悪い」
「仰る通り、手紙のやり取りをしていたからといって、ただちに共犯者となるわけではありません。文面さえ明らかになれば疑惑も晴れるでしょうが」
「手紙は全て処分してしまったよ」
「一国の王子から頂戴したお手紙を処分してしまったのですか?」
失言を悟り、パトリスは苦虫を嚙み潰したような表情を見せる。地方貴族にとって王族との交流はこれ以上ない
「……手紙を処分したのは事件が起きた後の事だ。それこそ余計な勘繰りを受けたくなかったからね。不敬は認めざる負えないが、心理としては当然のことだろう? 現物が失われている以上証明は出来ないが、内容は他愛ない世間話だったよ」
内心では肝を冷やし、パトリスの目が泳ぐ。手紙は全て処分したはずだが、ゼナイドの匂わす証拠の存在がその自信を揺らがせる。
「パトリス様がそう仰るのならそれでもよいでしょう。どちらにせよ手紙の内容に重きは置いていませんから。パトリス様とレーブ王子の交流は比較的最近のお話し。カントループ様とて、お屋敷を離れて三年が経った今となっては、パトリス様と王子の関係に迫る証拠を掴むことは難しかったようです」
「なら話はそこで終わりだろう。疑惑は所詮は疑惑に過ぎない」
「私は、パトリス様と王子の共犯関係を示す証拠は無いと言ったにすぎませんよ」
「どういう意味だ?」
「カントループ様が見つけられたのは、三年前のお家騒動にアマルティア教団が関わっていたとする証拠です」
最後の一手に、ゼナイドは懐から一つの赤い石を取り出した。生唾を飲み込み、パトリスの喉元が上下したのをゼナイドは見逃さない。
「何故そんな物がここに、とでも言いたげな顔ですね?」
「……その石が何だと言うのだ」
「これはアマルティア教団の戦闘員が携帯しているノタと呼ばれる魔具です。本来は自害用だそうですが、その物騒な意味合いを逆手にとり、内通者との証としても利用されるそうですね」
アマルティア教団の新たな作戦開始の兆候を掴むため、アルカンシエル王国は現在、各地での教団関係者の摘発を行っている。周到なアマルティア教団の尻尾を掴むことは難しく、あと一歩のところまで追いつめても、魔具を使った自害によって永遠に口を閉ざされてしまうケースも多い。それでも一部摘発が成功したケースもあり、それによって幾つか明らかになった事実がある。その一つが、自害用の魔具であるノタを教団が内通者にも配布している点。確実に人一人の命を奪うことが出来る危険な代物を共有することによって、精神的に協力関係を深める意味合いが存在するのだという。当然、そんな危険な魔具は一般に流通するものではないので、ノタの所持はイコール教団と関係している可能性が高いことを意味する。その石が本物か否かは、熟練の魔術師ならば鑑定も難しくない。
「これはパトリス様の物ではありません。パトリス様がこのような分かりやすい証拠を残すような下手は打たないでしょう。この石は生前にルイゾン様が、使用人の一人に命じて処分させたものだそうです。当時すでにルイゾン様に疑惑が向けられていた時期、何かの証拠になればと使用人は処分せずに隠し持っていたそうです。それを三年を経た今、かつての上司であるカントループ様へと提供した」
ルイゾン自身もアマルティア教団と接触していたのか、教団の関与を知らぬままパトリスから魔具受け取ったのか、それは定かではないが、自らの手を汚さず、全てを恋仲であったオドレイに丸投げしていたルイゾンのこと、人一人の命を容易に奪える魔具を所持し続ける度胸は無かったのだろう。使用人に処分を任せたのは、物騒な代物故に、自らに害が及ぶのを恐れたからだと考えられる。同情の余地のない愚者には違いないが、図らずもパトリスの悪行に迫る突破口となったことは、唯一の功労だったと言えるかもしれない。
「その石が教団に関わる物だとしても、それはルイゾンが教団と関係していた証拠であって、私に迫る証拠ではあるまい。ましてやレーブ様の件とはまるで関係がない」
「その通りです。ですが、ボードレール家にアマルティア教団との接点が存在していたことに変わりはありません。このご時世です。小さなきっかけとはいえ、強制捜査に乗り出すには十分な理由となりましょう。そうなれば、教団との繋がりを示すもっと確実な証拠が見つかるかもしれません」
一際強い口調のゼナイドに気圧されたかのように、パトリスは椅子に深くかけ直した。
「……まさか死んだルイゾンから綻びが生じるとはな。どこまでいっても
反論を諦めたルイゾンは取り繕うことなく、感情的に呪いを吐いた。自身の演技に
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