第5話 バルテレミー・コクトー

「確か、この先の通り沿いだったわね」


 翌朝。ゼナイドはカジミールから手渡されたメモ書き片手に、多くの武器店や工房が軒を連ねる、王都北部の職人街を訪れていた。

 カジミールがルミエール領の激戦で晦冥かいめい騎士を倒した際の戦利品――高熱を発する斧型の魔導武器――を素材の一部に、新たに打ち直されたゼナイドのクレイモアが完成したと工房より連絡があり、今日はその受け取りだ。強力な武器の入手という形での戦力強化。これも騎士として立派な職務の一つである。


「先日、劇場前でテオドール・カントループ氏と接触していたな?」


 通りに立ち入ろうとした瞬間、背後に人の気配が出現。抑揚のない男の声で唐突に問い掛けて来た。


「あなたは何者?」


 戦闘経験豊富な騎士として、ゼナイドもこの程度では動じず、振り向かぬまま、冷静に男に問い返した。


「先日、カントループ氏と会う約束をしていた者だ」

「そういえば、人と会う約束があると仰っていたわね。それがどうして私に接触を?」

「カントループ氏は約束の場所に現れなかった。行方を捜していたら今朝、南の用水路で溺死体できしたいが上がったよ」

「そんなっ……」


 昨日再会したばかりの昔馴染みの訃報を受けてまで、冷静さを保っていられなかった。悲憤ひふんに表情を曇らせながら、ゆっくりと背後の男の方へと振り返る。


「……もう一度問う。あなたは何者?」

「身分を明かすことは本来ご法度なのだが、今回は致し方ないな。私はバルテレミー・コクトー。フィエルテ王子直轄の諜報部隊、『クロシェット』の諜報員だ」

「初めて聞く名だけど、だからこその諜報部隊ということなのでしょうね。厳格なフィエルテ王子のこと、直轄の諜報部隊を有していても何ら不思議じゃない。素性を明かしてくれたことは、あなたの誠意として受け取っておきます」

「ご理解に感謝する」


 秘密組織の構成員では身分の証明は難しいが、少なくともコクトーの佇まいには、主君に仕える者として確かな気位を感じさせる。無論、普段は一般人に溶け込むべく、そういった雰囲気さえも消しているはずだが、交渉を有利に進めるために、今はあえてそれを隠すことをしない。それもまた、諜報員としての身分に説得力を持たせている。胡乱うろんと拒まず、先ずは話くらいは聞いてしかるべきだろう。


「カントループ様の遺体が上がったというのは本当ですか?」

「こちらから声をかけておいてなんだが、往来でする話ではない。一度場所を移そう」


 〇〇〇


「遺体が発見されたのは早朝のこと。上流の橋に飲みかけの酒瓶が転がっていたことから、衛兵は酔ったカントループ氏が誤って用水路に転落、そのまま流され溺死したと見ているようだ」

「有り得ない。私にこれから人に会いに行くと言い残したのだし、そもそもカントループ様は下戸げこです。酒はお飲みになられない」

「口封じに殺されたと見て間違いないだろうな」


 二人は人気の無い路地裏へと情報交換の場を移していた。発見時のカントループの状況を聞き、ゼナイドの表情はこれまで以上に険しい。


「そもそもコクトーさんはどういった経緯でカントループ様に接触を? ひょっとして、三年前の事件の再捜査を?」

「三年前の事件については我々も調査過程で把握しているが、あくまでも主題は別のところにある。我ら『クロシェット』が調査しているのは、先日の王子暗殺未遂事件についてだ」

「どういうことですか?」


「あの晩、現場におられたソレイユ様の関係者だからこそ話せることだが、我々はレーブ様がアマルティア教団と関わりを持つに至った経緯を調べ直している。レーブ様はまだお若く、何よりも王族でいらっしゃる。レーブ様、教団側ともに、仲介者の存在無くして接触することは難しかったはずだ」


「……まさか、その仲介者というのは」

「パトリス・ボードレール卿にはその疑惑がある。元執事長であるカントループ氏と接触し、詳しい事情を伺う予定だったのだが、氏は私と会う前に消されてしまった。口封じなどという真似をした以上、ボードレール卿への疑いがより強くなったとも言えるわけだが」

「……それが事実なら、許せない」


 三年前の出来事に対する疑念を抱いている今、パトリスならばやりかねないと、最悪な想像が頭を過る。


「私にはどうやって辿り着いたんですか? カントループ様と劇場前で出会ったことを知っているような口ぶりでしたが?」

「カントループ氏の行方を捜す過程で、氏らしきご老人が劇場前で女性と親し気に話し込んでいたとの目撃情報を得た。ボードレール家の関係者の情報は頭に入っている。現在王都に滞在している関係者は、ボードレール卿本人を除外すれば君しかいないからな」

「流石は諜報部隊の方ですね。御見それしました」


 お互いが出会うに至った経緯については把握出来た。前置きは十分だろう。


「さてと、ここからが本題だが、君は何かレーブ王子に関する情報をカントループ氏から聞いてはいないだろうか」

「生憎と、そのようなお話しは何も。三年前のお家騒動に関しては、パトリス様が黒幕と確信しているとは申していましたが」

「事前に会う約束などはしていたのか?」

「いえ、完全に偶然です。カントループ様は私が現在はルミエール家に仕えていることを知らなかった。ましてや王都に滞在している等、想像していなかったでしょう」

「旧知の君に何か情報を託していないかと期待したのだが、そう都合よくはいかないか」


 状況が振り出しに戻り、コクトーは眉を顰めて腕を組むが。


「そういえば、お話しとは別にカントループ様から頂いた物があります」


 武器の代金等を入れている肩掛けの鞄から、ゼナイドは先日カントループから受け取った、オドレイの遺品だというペンダントを取り出した。カントループの事情を知った今なら、昨日感じた違和感の答えが出せそうな気がする。


「それは?」

「ある女性の遺品だと、カントループ様から受け取った物なのですが、どうにも違和感があって。彼女とは親しかったのですが、このような物を身に着けていた覚えがまるで無いんです。正直、遺品という実感が湧かない」

「つまり、氏は適当な理由を付けて、あえて君にそれを渡したと?」

「だとすれば、もしかしたら何か秘密が」

「貸してくれ。仕事柄、封の解除は得意だ」


 ゼナイドからペンダントを受け取ったコクトーが、自前の小さな金属製の工具で裏面をいじっていくと、ペンダントトップが中ほどでぱっかりと開いた。中には、小さく折り畳まれた紙が二枚納められている。

 

『これは保険だ。私の口が封じられた場合に備えて、この文章を託す。私がこの三年間調査した記録とパトリス様の疑惑に関する重大な証拠が、ジュルネ教会の懺悔室ざんげしつに隠してある。私の身に何かあった場合は、この文章をバルテレミー・コクトーという人物に託してほしい。氏と私は――』


 一枚目の紙には、丁寧な筆跡でそのように書き記されていた。


「これは……」

「氏は、命の危機を感じていたということか」


 沈痛な面持ちのまま、ゼナイドは二枚目の紙を開いた。一枚目に比べると筆跡が荒く、走り書きのような印象を受ける。


『ゼナイド。この文章は君と再会し、急ごしらえでしたためたものだ。見苦しい点は容赦ようしゃ願いたい。本来、ペンダントと文章は王都在住の知人に託すつもりだったのだが、屋敷とは無関係の知人を巻き込むことに引け目を感じ、踏ん切りがつかないでいた。そんな時だよ、旧知である君と再会したのは。三年振りに再会し、新たな人生を歩んでいる君を、再びボードレール家の事情に巻き込むことに引け目は感じたが、君以外にこの文章を託せる人物は思い浮かばなかった。オドレイの遺品だと嘘をつき、君にこれを託す。君に何かを託すきっかけを、他に思いつかなかったものでね。君の思い出に土足で踏み入るような真似をしてしまう。一方的に思いを託すこと共々、身勝手な振る舞いを申し訳なく思う。もう一枚の文章に記したように、これはあくまでも保険だ。私とてそう簡単に死んでやるつもりなどない。この文章が杞憂きゆうに終わったなら、改めて謝罪に伺わせてほしい。しかし、もしも私の不安が的中した場合は、どうか私に代わり、パトリス坊ちゃんの不正を暴いてほしい。それがボードレール家の執事長としての、私の最後の願いだ』


「カントループ様。あの時にこれを」


 昔からの習慣なのであまり気にしなかったが、再会時のカントループが走らせていたメモ書きは、旧知との再会を書き留めているにしては長文な印象を抱いた。再会の瞬間に覚悟を決め、咄嗟に走り書きで思いを綴ったのだろう。


「ボードレール卿の疑惑を追及することが私の使命だ。私は文章に記された場所へ向かうが君はどうする?」

「お供させてください。カントループ様の無念を晴らさずにはいられませんし、何より私自身が、過去の因縁へと決着をつけたい」

「ソレイユ様には?」

「迷惑はかけられませんが――」

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