第39話 宵闇へと至る鍵

 最後の幹部であるリグマ神父の死を持って、プラージュ侵攻部隊残党の作戦は失敗に終わった。生き残った戦闘員の一部は魔具まぐを使った自害を選択。ごく少数が逃走したが、それらはリッドの町に到着した黄昏の騎士団が即時追撃、撃破。残党部隊は殲滅せんめつされた。

 

 アマルティア教団がリッドの町を襲撃した理由には、寄港したソキウス号および、乗船していたクレプスクルムが大きく関係している。アマルティア教団がどういった経緯で襲撃に至ったのか、ニュクスとロディア、様子を見に港へ駆けつけたファルコの三人は、ソキウス号の甲板にてクレプスクルムから事情を説明されることとなった。


 回復効果の高い魔術由来の霊薬を持参していたとかで、クレプスクルムは自身で処置を施し、負傷の直後とは思えない程に顔色が良い。招き入れた三人に、瓶に入ったフォルトゥーナ共和国産のオレンジジュースを振る舞うくらいには余裕だ。


「改めまして、わたくしはクレプスクルム・カタラクタと申します。知人からは愛着を持ってクレプスと呼ばれております。もし宜しければ、そのようにお呼びくださいませ」


 カタラクタの名を聞き、ニュクスとロディアはフォルトゥーナ共和国出身者として。ファルコは魔槍を継ぎ、影の英雄の逸話を知る者として、それぞれの立場で目を丸くしていた。


「カタラクタというと、もしやカタラクタ商会の?」

「はい。わたくしはカタラクタ商会の現会長、ドラーマ・カタラクタの娘ですわ」


 商業国家として知られるフォルトゥーナ共和国屈指の名門、カタラクタ商会の名は国の内外でも広く知られている。ただ者ではないと思っていたが、大商会の会長の娘となればクレプスクルムはかなりの大物だ。


「カタラクタ商会というと、ウェクシルム・カタラクタの一族だね。まさかこのような形でお会いすることになるとは」

「ファルコ様、でしたわね。即座にウェクシルムの名に思い至るあたり、あなた様は影の英雄の歴史についてお詳しいようですね」

「槍術の師から、英雄達の歴史についてもよく学んだものでね。血縁でこそないが、僕自身も影の英雄の関係者の一人だ。僕は暴竜槍テンペスタの24代目の継承者にあたる」

「まあまあ! 戦塵せんじんを払いし疾風とうたわれたアークイラ様の魔槍を? わたくし、とても感激しております。アルカンシエル王国に到着早々、そのようなお方にお会いできるだなんて」

「話の腰を折って悪いが、その、ウェクシルム・カタラクタというのは?」


 クレプスクルムが興奮気味にファルコの手を取る中、いまいち話についていけていないニュクスが横目でファルコに尋ねる。影の英雄の逸話は一部ソレイユから聞き及んでいるが知識と呼べる程の情報量はない。ロディアに至っては影の英雄の逸話などまったく知らない。


「副官として、宵闇よいやみの双剣使いソフォスを支えた右腕だよ。戦闘能力はもちろんのこと、交渉力にも優れた御仁でね。口下手だったソフォスに代わり、虹色の騎士団との間を上手く取り持っていたそうだよ。戦後、商才に目覚めたウェクシルム・カタラクタが興したキャラバン隊が、現在のカタラクタ商会のいしずえとなったとされている」


「ソフォスか。確かアルジャンテと共に邪神にティモリアへ最後の一撃を加えた人物だったか」


 以前、ルミエール領の湖畔でソレイユと交わしたやり取りをニュクスは思い出す。アルジャンテの系譜であるソレイユの暗殺命令が出たにも関わらず、ソフォスの系譜に関してはノータッチだったことが疑問で、強く印象に残っている。


「ソフォス様についてご存じでしたらお話しが早いですわ。我らカタラクタの一族は代々、ソフォス様の遺産へと至る鍵を守護して参りました。教団側がソキウス号やわたくしを狙った理由はそれでしょう。先のルミエール領の襲撃の報は聞き及んでおります。アルジャンテ様同様、ソフォス様の遺産もアマルティア教団にとっては脅威の対象でしょうから」


「遺産というのは?」

「かつての大戦時、ソフォス様が邪神ティモリアを斬ったとされる愛用の双剣ですわ。名を、開闢かいびゃくの双剣ルーメン・テネブライと申します」


 謎多き存在故に、裏の歴史にすらソフォスの双剣のめいが登場したことはない。

 その名を告げることは、クレプスクルムが三人を信頼したからに他ならない。結果的とはいえ、事情も知らぬまま命を救ってくれたニュクスとロディア、英雄の魔槍を継承したファルコという存在。勝手を知らぬ未踏の地での出会いに、クレプスクルムは大いに感謝していた。世間知らずのきらいがあるクレプスクルムは、良くも悪くも人を信じやすい。


「アマルティア教団が台頭し、四柱の災厄による悲劇も続々と報告に上がっております。居てもたってもいられずこうしてアルカンシエル王国へと乗り込んで参りましたの。


 教団側に動きを悟られぬよう、護衛も連れずに極秘裏に行動したというのに、まさか到着早々に襲撃を受けることになるとは思いもよりませんでした。あまり考えたくはありませんが、身内に内通者がいた可能性は否定出来ませんわね」


 クレプスクルムが悔しさを滲ませ下唇を噛んだ。

 カタラクタ商会は隊商や組合員の安全確保の目的から、大規模な私設武装組織を有している。会長令嬢たるクレプスクルムならば大規模な部隊を率いることも決して不可能ではなかったが、この時期にカタラクタの一族があからさまな行動に出ればその動きは間違いなく教団側へと伝わる。それを警戒したからこそ、お転婆娘は護衛も連れず、昔馴染みで押しに弱いアクス・マグネティカ船長の協力(強制参加)の下、個人でアルカンシエル王国へ入国するという大胆な行動に出たわけだが、思惑虚しくこうして荒事に発展してしまった。ごく一部の者しか知らぬクレプスクルムの行動が露呈していた以上、内通者の存在はほぼ確定と見て間違いない。


「一つ気になったんだが、武器そのものではなく、そこに至る鍵を持ってアルカンシエル入りしたのは何故だ? 無礼を承知で言わせてもらうが、鍵ではなく武器そのものを持ってきてくれた方がありがたいと思うんだが」


もっともな意見ではありますわ。ですが、生憎と我らカタラクタの一族だけでは扉を開くことは出来ませんの。鍵だけでは意味がない。鍵はソフォス様の血縁者が使用しない限り、絶対に開くことはありません。もうお分かりですね? わたくしがアルカンシエルの地を訪れたのは、鍵を託せる存在、ソフォス様のご子孫様を捜すためです」


「腹心だったカタラクタの一族が居るんだ、ソフォスの系譜はフォルトゥーナ共和国には存在しないのか?」


「事の経緯は少々複雑です。結論から申し上げますと、現在フォルトゥーナ共和国内にソフォス様の血筋の方ははおられませんわ。ソフォス様の一族は名をプライルードと申します。今代に至るまで存続を続けていたプライルード家ですが、3年前に11代目当主であられたアクトル様が心の臓の病で急逝なされました。奥方との間にお子はなく、プライルード家は現在、後継者不在の状況なのです」


「それならば何故、ソフォスの血縁を求めてアルカンシエルまで?」


「無論、その可能性があるからです。アクトル様にはご兄弟、弟様がおられました。過去形となってしまうのは、弟様がもう20年近くも前にお家を出られておるからです。先代やアクトル様は多くを語りませんでしたが、弟様はとても好奇心旺盛な方で、自身の隊商を持つという夢を追って体一つで屋敷を飛び出していったとのこと。当時は情勢不安もなく、ソフォス様の系譜であることを当人たちもそこまで重要視しておられなかった。長兄であるアクトル様がお家を継ぐことが決まっていましたし、大きな問題とは考えなかったようですね」


「つまり、プライルード家を飛び出したその次男とやらの行方を捜しにアルカンシエルを目指したと?」


「はい。噂によると弟様は数年間フォルトゥーナ共和国で商いをした後、海を渡り、以降は大陸南部のアルテの町を拠点に活動していたようですが、追えた足跡はそこまで。五年前を境に消息が途絶えています。駄目もとでお伺いしますが、ヴィクトル・プライルード様という男性をご存じないでしょうか?」

「……何で?」


 クレプスクルムがその名を口にした瞬間、それまでは大して興味なさそうにやり取りを眺めていたロディアが突然、手に持つ瓶を手放してしまう。落ちた瓶が割れて甲高い音を立てる。ニュクスもまた動揺が激しく、足元に染み渡っていくジュースを避ける余裕もない。


「どうしてここで、パパの名前が出てくるのよ……」


 影の英雄の話題に最も縁遠かったはずのロディアがこの瞬間、最大の当事者へと立場を激変させた。

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