第38話 事態収束

「魔物の出現も止まった。どうやら港の方は決着したようだね」


 召喚者の死による魔物の消滅を受け、教会前の戦闘も終結を迎えていた。周囲に転がる無数のカプトとキューマの亡骸が、個体ごとに時間差で消滅していく。これ以上の戦闘はないだろうと、ファルコとロブソンは一息ついて石の階段へと腰を下ろした。


「広範囲を防衛するためにかなり魔槍を使用しただろう。体の方は大丈夫なのか?」

「ほとんど問題ないよ。今回はグロワールやルミエール領の時ほどの無茶はしていないからね。その分を差し引いても、以前よりも随分と使用の負担が軽くなったような気がする」


「もしや、ルミエール戦の影響か?」

「そういうことになるだろうね。明確な変化を感じ取ったのは第弐形態フォルゴレの発現を機にだ。魔槍テンペスタの神髄しんずいに近づき、より体に馴染んだということなのかな」


「本当に大丈夫なのか? 負担が軽くなるに越したことは無いだろうが、魔槍は使用者の生命力を喰らうんだろう? 体に馴染むということは、ある意味で死に近づくことを意味するんじゃないのか?」


「望むところだよ。戦いはますます激化していく。再び赫猟姫しゃくりょうきエマや他の災厄たちと相まみえる機会も訪れるだろう。代償を伴おうとも、強くなることを恐れている場合じゃない」


「覚悟は認めるが気負い過ぎるなよ。これ以上、仲間が死ぬ姿は見たくない」

「そうだね。僕も同じ気持ちだ」


 先のルミエール戦で多くの仲間を失った。お互いにもう、あんな思いをするのは御免だ。戦場に絶対など存在しないが、お互いにそう簡単に死んでやるつもりはない。


「あの、戦いは終わったんですか?」


 背後の扉から、控えめなノックと共にヤスミンが二人へ尋ねた。戦闘音が止み、周辺からは魔物の姿も消えている。教会の人々も状況は気になるところだろう。


「焦らしてしまってすまなかったね。教会周辺の魔物は全滅したよ。ただし、他の場所の状況はまだ把握出来ていないから、確認が取れるまでは教会に留まっていた方がいい」


 中から口々に安堵の声が漏れ、力自慢たちがバリケードの取り外しを始めた。障害物がなくなり、開閉可能になった扉から、不安気な表情のイリスが顔を覗かせた。


「ねえ、ニュクスとロディアお姉ちゃんは?」


 ファルコ自身は初対面だが、その問いかけと、ニュクスには同行者がいるという事前情報から、少女がイリスであることを理解した。膝を折ってイリスへ目線を合わせ、不安を解消するように優しく微笑みかけた。


「今は二人とも港にいるよ。魔物の襲撃も止んだ。二人の活躍のおかげだよ」

「お兄さんは、ニュクスのお知り合い?」

「顔を合わせるのは初めてだったね。僕は傭兵のファルコ・ウラガ―ノ。今はソレイユ様の下で戦っていてね。ニュクスとは同僚ということになるのかな」


 便宜上同僚と評したが、自身とニュクスの関係をどう言い表せばいいのか正直難しい。現状では追手という表現が一番しっくりくるのだが、ニュクスを慕う幼い少女の前で口にすべき言葉ではあるまい。


「ニュクスね。私のために戦ってくれたの」

「君の?」

「……私みたいに故郷を失って、この町の人達が悲しむのは嫌だからって、ニュクスに我儘言ったの。そしたらニュクス、ロディアお姉ちゃんと一緒に町を守ってくれて」

「そうか、彼がそんなことを」


 仮にニュクスが襲撃の混乱に乗じて逃走していれば、入れ違いで町に到着したファルコたちが代わりに町の防衛に当たっていたことだろう。そうなればニュクスの追跡はもはや困難となっていたはずだ。だが、彼は町を見捨てずに戦った。少女の願いに全力で応えた。

 

 一度は戦場からの逃避を選択したはずが、結局は逃避した先でも誰かを守るために戦いに身を投じている。皮肉屋の影に隠れた人の良さを、ファルコは出会った時から気に入っている。


「ニュクスに会いたい。港に行っちゃ駄目?」

「まだ安全確認が出来ていないから、もうしばらくここにいなさい。一度僕が港の様子を見てくるから」


 気持ちが急いてしまったが、迷惑をかけるのはよくないと自制したのだろう。イリスは素直に頷き、ヤスミンに手を引かれて教会の中へと戻っていった。


「聞いての通りだ。僕は港の様子を見に行ってくるよ。ついでに道中、町に伏兵が潜んでいないかも確認してくる。念のためロブソンはもう少し教会に留まっていてくれ。説明役も必要だろうしね」

「承知した。昔から交渉や説明は俺の役目だからね」


 ファルコの意図を察し、ロブソンは快くその背中を送り出してやった。

 今の内に頭の中を整理しておかないといけない。説明役は得意だとは言ったが、此度の出来事は色々と経緯が複雑だ。そもそもロブソン自身、状況を完全には理解していない。


 ファルコが港へ向かったのと前後して、教会周辺がにわかに騒がしくなる。馬を駆る一団が峠を越え、教会の方へと向かってきたのだ。先頭を行くのはプラージュに滞在していた黄昏の騎士団団長、イェンス・ヴァン・ロー。


「アマルティア教団の襲撃発生の報を受けて馳せ参じたが、これは一体?」


 プラージュ港以外の地域での襲撃発生を警戒していたイェンスは、リッドの町まで最速で駆けつけたが、最低限とはいえ一定時間が経過しており、すでに町に大きな被害が出ているのではと胸を痛めていた。それがいざ到着してみれば、襲撃の痕跡こそあれど襲撃自体はすでに収束している様子。町のシンボルである教会には多くの住民が避難し、人的被害も最小限。予想外の展開に、百戦錬磨の騎士も困惑気味だ。


「事情はお話しします。といっても、俺もほんの少し前にこの町に到着したばかりですがね」


 戦いに参加し、この場を任されたロブソンと、住民を教会へ避難させるまでの経緯を知る神父が、当事者を代表して黄昏の騎士団を迎えた。

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