第37話 邪道こそが正攻法

 不意打ち故に初見では一撃貰ってしまったが、冷静に見極めれば鎖の攻撃速度は対応できぬ程ではない。ニュクスとロディアは対角線上に展開しつつ、鎖の攻撃を確実に回避していく。


 全身に硬質な鎖を纏っているとはいえ、リグマ神父の守りは決して鉄壁ではない。当人が無防備と称したように、視界等の問題で頭部はがら空き。加えて鎖の長さの総量は決まっているので、攻撃に転じれば転じるほど、身に纏う鎖の量が減って守りに綻びが生じる。無論、そのことは使い手本人が一番理解しており、そうそう突破を許してくれそうにはない。


 ロディアが眉間目掛けて投擲したダガーナイフは、器用に軌道上を遮った鎖に弾かれ、その間に7本にも及ぶ鎖が一斉にニュクスへ目掛けて追尾する、ニュクスは持ち前の俊足で鎖を引き付けると、近くの倉庫の壁を蹴って咄嗟に真横に跳ぶ、結果、鎖は猛スピードで壁を突き破り、倉庫の中へと突入していった。これで直ぐには鎖を戻せまいと、ニュクスは一気にリグマ神父へと接近、正面から迫った二本の鎖を同時にククリナイフでいなし、最速のまま斬りかかる。


「目を慣らすのが早い。随分と戦い慣れているようだ」


 リグマ神父は鎖の刺突で迎え撃たず、鎖をより強固に巻き付けた左腕でニュクスの斬撃を受け止めた。目の慣れた今のニュクスの反応ならば、正面からの刺突を紙一重でかわせる。一度放った鎖の刺突は直ぐには戻せない。回避されてしまえば悪戯に防御を削ぐ結果に繋がってしまう。そう考えたリグマ神父は慢心せず、無駄な攻撃よりも厳重な防御を優先した。


 クロスしたククリナイフと鎖の巻き付いた左腕とが拮抗し、両者顔を突き合わせての鍔迫り合いに発展する。


「貴様らのような者が居合わせていたとは、大きな誤算だった」

「理不尽なことを言ってくれる。こっちは旅の途中に騒ぎに巻き込まれて迷惑してるんだ」

「旅人だというのなら、なぜ無関係な土地のために命を賭す? 貴様の剣技からは血と嘘の臭いがする。正義感に駆られるような人間には見えぬぞ?」

「否定はしないが余計なお世話だ。こっちにも色々事情があるんだよ」


 事情を説明してやる義理もないが、知ったような口を利かれるのは流石に腹立たしい。ニュクスの眼光は一層鋭くなる。


「俺の方こそ理解に苦しむ。今回の襲撃、どう考えても決死隊だろう。何がお前をそこまで駆り立てる?」

「忠義。その一言に尽きる! 敬愛せし主の意志こそが私の意志! 主亡き今でもそのその意志が揺らぐことはない!」

「なるほど、忠義に囚われた男には、その装備はお似合いってわけだ!」


 感情を乗せてニュクスが荒々しく鎖の腕を弾くも、今度はリグマ神父の側が、大きな鎖の塊となった右の拳で殴り掛かる。ニュクスは咄嗟に右に跳んで回避したが、伸び出した二本の鎖がニュクスの左腕に絡みつこうとする。動きを封じられては厄介と、ニュクスは咄嗟の判断でククリナイフを手放し、コートの腕から袖を抜く。鎖はそのままコートの袖だけをからめ取った。ニュクスはそのまま身を翻すようにしてコートを脱ぎ、右の袖を握って素早くリグマ神父を半周。数本の鎖を搦め取ったところでコートを手放した。


小癪こしゃくな真似を」


 鎖と絡まったコートが上手く外れない。使える鎖の数が減ったタイミングを狙い、ニュクスが同時に頭部目掛けて五本のダガーナイフを投擲。鎖では全てをさばききれず、リグマ神父は咄嗟に首の動きで回避する。


 リグマ神父がコートとニュクスに気を取られている間に、ロディアが死角である背後から投擲した。


「読めているぞ!」


 風切り音が飛来した瞬間、振り向いたリグマ神父は咄嗟に残った2本の鎖を展開。ダガーナイフを落としにかかるが。


「何?」


 ダガーナイフに混じり、一本の小型の瓶がリグマ神父目掛けて飛来。ダガーナイフを落とすと同時に反射的に瓶を割ってしまった。割れた欠片が頬に掠り傷を引き、続けて、中に入っていた無色透明の液体がリグマ神父の顔に直撃した。


「……水を使った目くらましとは舐めた真似を」


 一瞬、酸による攻撃かとも思ったが目や皮膚に影響はない。苦し紛れの目くらましかと、リグマ神父は顔の水っけを手で拭ったが。


「ご愁傷様」


 視線の先のロディアが別れを告げるように狂気の笑みで右手を振っている。

 次の瞬間、リグマ神父は身をもってその意味を理解した。


「……何だ、体が熱い」


 突然、体を襲った熱感と激痛。ほとんど負傷していなかった状況で起こった体の異変。原因は直前に受けた謎の液体以外に考えられない。


「……あの瓶の中身、毒物か?」

「そうだよ。目に入れば御の字と思ってたんだけど、まさか傷口を自分でなぞってくれるなんてね」


 暗殺部隊特製の秘毒は粘膜部分からも体に影響を与えるが、傷口から直接血流に乗せるのに比べると症状は遅効だ。長期戦を見据えての投擲だったのだが、割れた瓶の欠片が頬を裂き傷を作ってくれたことは好都合だった。これでロディアも所持していた秘毒を全て使い切ってしまったが、出し惜しみしている場合では無かったので悔いはない。


「……貴様、端から囮に徹するつもりで仕掛けて来たな?」

「まあな。鎖を破壊するよりも、使い手自身をどうにかした方がよっぽど現実的だ。お前たちの特技は殺戮さつりくかもしれないが、俺達の特技は暗殺でね。邪道こそが正攻法だ」

「暗殺だと……貴様らまさか?」

「言っただろう、たまたま襲撃に居合わせただけの旅人だよ」

「ふざけ――ぐっ!」


 瞬間、リグマ神父が激しく吐血。

 全身からも出血が始まり、大量の鮮血が鎖を伝い落ちていく。

 しかし、死の淵にあってもリグマ神父の執念は未だに衰えを見せない。


「……死は確定か……ならばせめて!」

「こいつまだ!」


 ニュクスとロディア目掛けて、リグマ神父は身に纏う全ての鎖を放った。迫る鎖の触手をククリナイフで弾きながら、リグマ神父が完全に絶命するのを待つが。


「やばっ!」

「ロディア!」


 刺突を避けることに集中していたロディアが一瞬の隙を突かれ、地を這う一本の鎖に足首をからめ取られた。その瞬間、リグマ神父は皮肉気に笑い、最後の力を振り絞って海へ向かって駈け出した。


「女! 地獄へ付き合ってもらうぞ!」

「離しなさいよ!」


 リグマ神父は全身に重量のある鎖を結び付けたまま海面へと飛び込んだ。リグマ神父の体が重しとなり、足を搦め取られたロディアが物凄い勢いで引きずられていく。このままでは共に海中に没してしまう。


「やらせるかよ!」


 ククリナイフでは一撃で鎖を断てないかもしれない。ニュクスは咄嗟に、リグマ神父が使用していたショーテルを拾い上げ、ロディアの救出へ向かう。鋭い切れ味を誇るショーテル振り下ろし、何とかロディアに絡みついていた鎖を断ち切ることに成功した。


「ありがとう」

「最期までてこずら――」


 リグマ神父の執念は溺死寸前でもなお健在であった。海面から鎖が伸び出し、今度はニュクスの両足がっしりと搦め取った。転倒したニュクスの体が見る見る引きづられて行く。引きずられた状態ではショーテルで鎖を切断することも出来ない。


「駄目!」


 ロディアの力では鎖を切断出来ない。万事休すかと思われたが。


「トリア!」


 負傷を押して駈けつけたクレプスクルムが鎖を殴りつけ、凄まじい爆炎が発生。衝撃で鎖が引き千切れ、ニュクスは海面へ引きずり込まれる寸前で鎖の拘束を逃れた。


 鎖とリグマ神父の体は自重で水没していき。後に残されたのは海面へ浮かび上がって来たおびただしい量の出血だけであった。

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