第36話 鎖の怪物

「ショーテルとは、また変わった武器を」

「騎士相手だとなかなかに有効だぞ。貴様ら相手ではあまり意味は無さそうだが」


 右側面から迫ったニュクスの連撃をリグマ神父は、大きく湾曲わんきょくした独特な形状の剣――ショーテルで器用に受け流してく。湾曲は切れ味を高める他に、湾曲部で横殴りすることで、相手の盾を回り込んで攻撃するという、一風変わった使い方も可能だ。盾持ちの騎士を数多沈めて来た得物だが、端から盾での守りを想定していない軽装の剣士二人相手では、生憎とそちらの特性は生かせそうにない。


 ――隙だらけだよ。


 リグマ神父の得物は右手のショーテルのみ。ニュクスとの剣戟けんげきに意識を集中させている隙を突き、左から迫ったロディアが無防備な左手を落としにかかるが、


「弾かれた?」


 リグマ神父が反射的に振るった左腕で、ククリナイフが金属音と共に弾き上げられた。ローブの袖は破れたが、その下には何重にも鎖状の金属が腕に巻き付いている。クレプスクルムを掴み上げていた際のニュクスの一撃は、万全を期して回避を選択したが、細腕から発せられるロディアの斬撃ならば、腕だけで防ぎきれるという大胆な判断だった。


「腕そのものが私の盾であり矛だ」


 右手でニュクスの相手をしたまま、突然リグマ神父の左腕に巻き付いていた鎖がほどけ、投擲とうてきされたかのように猛スピードでロディアに襲い掛かった。鎖の尖端は鋭利な両刃となっている。ロディアは咄嗟にククリナイフで弾き返したが、間髪入れずに二発目、三発目と鎖が襲来した。


「魔術武器? 厄介な奴!」


 二発目までは防ぎきれたが三発目は回避が甘く、左肩を掠めた。距離を取ればリーチで勝る鎖の方が有利だし、その間に鎖の攻撃がニュクスに向かってしまう。ロディアはギリギリのタイミングで回避しつつ、後退はせずにその場で三本の鎖に対応し続ける。


 ――いける!


 魔導武器とはいえ、自らの意志で操作している以上、一方への集中力は落ちる。ニュクスはショーテルの湾曲に右のククリナイフのくぼみを引っかけ、力技でショーテルを腕ごと弾き上げる。ふところへ飛び込み、勢いそのままに左のククリナイフで心臓の位置を刺突したが。


「何?」


 胸部への刺突は不自然な厚みに遮られ、リグマ神父の体にまで届かない。


「惜しかったな。狙うなら無防備な頭にするべきだった」

「こいつ――」


 リグマ神父のローブを突き破り、胸から大量の鎖がニュクス目掛けて襲い掛かった。全て回避するのは不可能だと即断。掠り傷はいとわず、頭部や胸部、太腿ふとももなど致命傷となる部位への攻撃だけをククリナイフでさばきながら、後退して一度距離を取る。二の腕や脇腹など数カ所を裂かれたが、戦闘継続には問題無い。


「大丈夫?」

「ただの掠り傷だ。それよりもあいつの装備、想像以上に厄介だな」


 もはや隠す意味はないと判断したのだろう。リグマ神父は穴だらけとなったローブを脱ぎ捨て、自身の装備の全貌ぜんぼうを明らかにした。

 タートルネックを身に着けたリグマ神父の体には無数の鎖が絡みつき、全身を鎧のように覆っていた。鋭利な尖端を持つ鎖はリグマ神父の意のままに動き、触手のように相手を攻撃することも可能。まさに攻防一体の盾と矛だ。


 持ち主の意志に応じて自在に動き回る鎖など既存しない。これらは魔力を帯びた金属製の鱗を持つ地竜を素材に生み出された特殊な魔術武器だ。強力ながら、複雑な指向しこう制御を同時に行う性質上、誰も使いこなせなかったこの魔術武器を、リグマ神父は天性のセンスと血の滲むような努力によって極めた。事実上教団内ではリグマ神父の専用装備である。


 そんな複雑な武器を扱う技術面はもちろんのこと、真に恐ろしきはリグマ神父自身の肉体の強靭さだ。鎧のように全身に巻き付けた鎖の重量は相当なもの。にも関わらずリグマ神父は、その重さを感じさせない速度で動き回り、その状態でショーテルという別の得物を振るう膂力りょりょくまで有している。戦闘能力はまさに人間離れしている。


「この姿を晒したのだ。今更ハッタリは不要だろう」


 そう言って、リグマ神父は右手に握るショーテルを未練もなく放り捨てた。

 リグマ神父は普段はショーテルで攻め、ローブの下に巻き付けた鎖で防御するという戦闘スタイルを取っているが、最も得意とするのは鎖の武器としての運用。一対多数の状況など、ショーテルでは不十分だと判断した場合は、鎖の軌道を妨げる可能性のあるショーテルを破棄し、完全に鎖だけを使用した戦闘スタイルへと移行する。


 ハッタリというのは謙遜けんそんで、ショーテルの扱いそのものも非常に達者だが、独特な形状のショーテルはそれだけで相手に警戒心をもたらし、相手の意識は自然とショーテルへの対応に向けられる。さらなる隠し玉を用意していることを相手に悟らせない、心理戦的な側面もあるのだ。そういう意味ではショーテルは確かにハッタリとしても十分に機能している。


「無数の鎖の触手か。まるでイカの怪物みたい」

「港町の決着には相応しいかもな」


 武装がいかに怪物染みていようともそれを扱うのは所詮は人間。アサシン二人がかりで殺せぬ謂われはない。


 相手はすでに奥の手を晒している。後は恐れず、己の身体能力を駆使して殺し切るまでのことだ。


「勝つぞ、ロディア」

「言われなくとも」

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