第33話 必然
祈りが届いたわけではない。そうなることは必然だったのだろう。
運命は、巨体のキューマに教会の突破を認めなかった。
教会の扉の数メートル手前で、キューマの動きが突然失速する。原因は風、強烈な風が正面から吹き付け、キューマの勢いを押し戻していた。
風の発生地点には、赤い魔槍の
「到着早々、とんでもない状況に出くわしたものだね」
「……ファルコ、ファルコ・ウラガ―ノか?」
「僕だけじゃないよ」
瞬間、上方から飛来した矢が、扉に体当たりする四体のカプトの脳天に突き刺さる。活きの良かった体の動きが止まり、即座に肉体の消滅が始まった。
「どうも」
「ロブソン・ロ・ビアンコ」
黒髪の射手がロブソンが教会の屋根の上から軽く会釈をした。お互いに面識は多く無いので挨拶は程々だ。
「どうしてお前たちがここに?」
「話は後。成り行きとはいえ、この状況は見過ごせない」
暴竜槍テンペスタが発生させた無数の風の刃がキューマへと襲い掛かり、鱗の鎧をものともせずに裂傷を刻んでいく。それは教会周辺へ集まるカプトの群れにも及び、一体、また一体と切り刻まれていく。一部の個体がボロボロになりながらも風の刃を突破するも、すぐさまロブソンの狙撃し止めを刺す。傭兵二人の登場を持って教会の守りは鉄壁と化した。
「次々から次へと、一体何が起こっている?」
事は優位に進んでいたはずなのに、突如出現した二人の男によって、一瞬で形勢を逆転されてしまった。本来常駐戦力が存在していないはずのリッドの町に続々と現れる規格外の強者たち。リッドの町から援軍にしては、少数かつあまりにも早すぎる。しかも、相手は四者四様に正規の騎士とは思えぬ人間ばかり。その際たるものは、外見だけなら可憐な乙女にしか見えぬロディアだ。四人がいったい何者なのか、ナルキ神父には皆目見当がつかない。
「さあ、私にもよく分からないや」
長斧使いの首を刎ねたロディアが、返り血を帯びたまま、笑顔でナルキ神父へと肉薄する。流れるような剣筋をナルキ神父はクロススピアの柄で受け流していくが、その表情にこれまで程の余裕はない。状況の変化に対する動揺はもちろん、対峙するロディアの剣速や剣圧が、明らかに最初よりも上昇している。
転機は長槍使いの戦闘員を切り伏せた瞬間。
以降ロディアは時折笑顔を浮かべながら、殺し合いを堪能し始めた。殺意のスイッチの入ったロディアは
「……貴様、殺し合いを楽しんでいるのか?」
「あんた達だって似たようなものじゃない。たくさんたくさん殺してさ」
「我らの殺戮には大義がある! 貴様のような異常者と一緒にするな」
「前言撤回、私の方があんたよりも少しまともかも。だって私、自分が壊れているって自覚しているもの!」
ここが勝負所と、ロディアがクロスさせたククリナイフで強烈に切りつけるが、ナルキ神父は二刀の交差点をクロススピアの柄で受け止め圧を受け殺す。両者一歩も引かず、至近距離で顔を突き合わせる。
「義を重んじる我々を愚弄するか?」
「そんな堅苦しいもの、私は知らないよ。知っているのは人の殺し方と男の慰め方だけ」
「くっ、貴様!」
不意にナルキ神父の右足に激痛が走った。右足の甲がロディアのつま先で踏みつけられていた。つま先からは仕込み刃が飛び出し、ナルキ神父の足を貫通している。
「この程度で俺の意志は折れはしない!」
「……へえ、少し見直したよ」
渾身の力でナルキ神父はロディアのククリナイフの交差を弾く。ほぼ同時に、腕が開き、無防備となったロディアの腹部に左足で強烈なハイキックを繰り出した。蹴り飛ばされた瞬間、つま先の仕込み刃が折れ、ロディアの体は大きく後退する。咄嗟に反応し衝撃を逃がしたが、それでも胃液を戻す程の威力。直撃なら骨がいかれていたかもしれない。
「けど、もうこれで終わりだね」
「何を――ぐっ……」
怒りに青筋を浮かべた途端、ナルキ神父が口元から吐血。
続けて全身に激痛が襲い掛かり、バランスを失い転倒しそうになるも、クロススピアを杖にしその場に踏みとどまる。
「……貴様、まさか?」
血走った目からも流血が始まり、立っていられなくなったナルキ神父がついに膝を折った。
「うん、仕込み刃の方にも毒を塗っておいたよ。万が一自分の足を傷つけたら大変だから危ないんだけど、私はそういうの気にならないし」
毒を寄せつけぬ特異体質を生かした強み。ロディアは自身が毒の刃に触れるリスクを恐れることなく、毒物を使用することが出来る。剣を握りにくくなるので実践したことはないが、ロディアなら例えば、爪に直接毒を塗り相手を傷つける等という芸当も可能だ。
「……卑怯者め」
「悔しかったら、お得意の大義とやらで立ち上がってみせなさいよ。どうせもう、まともに動けないだろうけど」
「おの……れ――」
盛大に吐血をぶちまけ、ナルキ神父の体が自身の血だまりへとうつ伏せに倒れ込む。最期を見届ける義理はないと、ロディアは
「油断するな!」
「きゃっ!」
駆け込んで来たニュクスがロディアを押し倒した。次の瞬間、二人の頭上を投擲されたクロススピアが通過していき、明後日の方向へと消えた。
「――は、俺よりも……強い……ぞ……」
最後の力を振り絞ってクロススピアを投擲したナルキ神父は今度こそ完全に息絶え、二度と動き出すことはなかった。
「……秘毒を喰らったのに、まさか攻撃してくるなんて」
「確実に殺すまでは油断するものじゃない。善であれ悪であれ、強い意志に突き動かされた人間の執念を甘く見るな」
「……助けてくれてありがとう」
「当たり前だろう。もうお前を失いたくない」
先に立ち上がったニュクスが手を差し伸べ、ロディアの体を引き起こした。
自らの落ち度に引け目を感じているのだろう。血塗れのロディアは何時になくしおらしい。
「
鋭い風切り音が鳴ると一転、静寂が訪れる。
ニュクスとロディアが教会へ視線を向けると、ファルコの放った強烈な刺突がキューマの頭部を半分以上破砕していた。風を纏い、強烈な貫通力を得た刺突の前では鎧の鱗も
屋根の上のロブソンも負けじと正確無比な狙撃で、確実にカプトの急所を射抜き、決して教会の敷地を踏ませない。
「あの人達何者? さらりととんでもないことやってのけているけど」
「王都からやってきた最悪の追手にして、最強の助っ人だよ」
敵に回すと非常に厄介な相手だが、だからこそ肩を並べて戦えることが心強い。
逃亡者と追手。リッドの町で顔を合わせることになった経緯はどうであれ、人命を救うための行動であれば摩擦なく力を合わせることが出来る。今はとにかく、リッドの町の危機を救うことが急務だ。
町を救った後のことは、その時になってから考えればいい。
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