第31話 教会防衛戦

 イリス達やリッドの町の住民を高台の教会へと避難させたニュクスとロディアは、教会前の広場に陣取り防衛戦を行っていた。


 町の人間であるハンナや教会の神父の呼び掛けもあり、可能な限り多くのリッドの住民を教会へと収容することが出来た。ヤスミンが助けた少女を母親に引き合わせることにも成功した。しかし、当然ながら全ての住民を収容出来たわけではない。逃げ遅れたり、別の場所に避難した者も相当数おり、その者達の安否は把握出来てない。


 現状では、大勢を収容した教会周辺をニュクスとロディアが離れるわけにはいかない。酷な言い方になってしまうが、この場にいない者達には自力で状況をしのいでもらう他ない。幸いとはとても呼べぬ状況だが、魔物は人肉を好む習性から、より人の密集した場所を狙う傾向にある。教会周辺が最も襲撃が激化する可能性が高く、運が良ければ、他の場所に潜む者達は被害をやり過ごせるかもしれない。


「次から次へと、いったいどれだけの数の魔物を召喚したんだか」


 ニュクスは二刀のククリナイフで同時に二体のカプトの首を刎ねた。軽快な立ち回りとは裏腹にニュクスは憎らし気に奥歯を噛みしめている。切り伏せた魔物の数はすでに28体に及ぶが、教会へ押し寄せるカプトの物量は一向に衰えを見せない。ここだけではなく、港の方にもカプトの群体の姿が確認出来る。これだけの物量を召喚するとなれば、召喚者には生死に関わるレベルの負担がかかっているはずだ。教団側は決死隊として今回の襲撃に臨んでいると見て間違いない。


 ニュクス、ロディア共に負傷はなく、体力的にもまだまだ余裕だが、如何に強者でも、体の数が圧倒的に足りていない。


「しまった、抜かれた」


 三体のカプトを同時に捌いている間に、偶然にも右目の死角をカプトが一体すり抜けて行くが、


「言ったでしょう。右側は任せてって」


 離れた位置で戦闘していたロディアが咄嗟にダガーナイフを投擲。ニュクスの脇を抜けた個体は、教会に到着する前に撃破された。

 いつもこう上手くいくとは限らない。襲ってきているのはあくまでも本能に従順な魔物だけ。今だに教団の戦闘員は一人も姿を現していない。もしも魔物の物量に、臨機応変に動きを変える人間の悪意までもが加勢すれば、対処は一層辛くなる。せめてあと一人か二人、最後の砦として教会の扉を守る人間がいてくれれば状況は大分違うのだが。


 〇〇〇


「ふむ。常駐戦力が存在しないはずのこの町に、あれ程の使い手が滞在していたとは」


 離れた場所を透視出来る、水晶型の魔具で様子を伺っていたナルキ神父は冷静に状況を受け止めていた。その表情に焦りの感情は見られない。

 如何に強者といえども相手は所詮二人。加えて大勢の人間が避難した教会を背に庇うという、目に見えた弱みが存在している。考えようによっては、先に教会を落とす方が、強者二人の攻略の近道かもしれない。


 守るべき対象が破られればその動揺は計り知れない。


「そろそろ我々も動くとするか。俺は女の相手をする。二人程付き合え。眼帯の方にはキューマをぶつけてやれ。そうすれば自ずと教会への道は開ける」


 ナルキ神父の指示を受け、同じくマスティオ司祭へ忠誠を誓う歴戦の戦闘員二人が同行に名乗りを上げた。召喚術に特化した魔術師は新たな脅威を呼び出すべく、脂汗を浮かべながら詠唱を開始する。


 〇〇〇


「上?」


 不意に大きな影が差し、ニュクスは咄嗟にバックステップを踏んだ。次の瞬間、地面ではなく、建物を屋根伝いに移動して来た異形の魔物が、豪快な着地音と共に降り立った。


 魔物の名はキューマ。その姿を一言で表すならば、銀色の鱗状の鎧に全身が覆われた半魚人だ。体長は憂に三メートルはあるだろうか。体系は逆三角形で腕はゴリラのように強靭。体の至る所に鋭利な棘やカッター状となったひれを有し、非常に攻撃的なシルエットをしている。カプトは教団側にとって数が多いだけの雑兵。対してキューマは殺戮さつりくに特化した凶器として側面が強い。


「固い」


 即座に右腕を斬りつけたが、頑強な鱗の鎧は刀身を甲高い音と共に弾き返してしまった。そのままキューマはニュクス目掛けて左手を伸ばし、ニュクスの頭を豪快に握り潰そうとする。ニュクスは転がり込むようにして右側面へと回り込み、巨大な腕を回避した。


 アサシンという性質上、ニュクスの戦闘スタイルは対人戦に特化しており、巨体の魔物との相性はすこぶる悪い。役割分担が出来ないのが少人数の辛いところだ。例えばソレイユ達と行動を共にしていた頃ならば、ニュクスが翻弄している間にリスの強烈な魔術をぶつけるなりして攻略可能だっただろう。


 しかし、無い物ねだりをしても仕方がない。ここでニュクスがキューマを倒さなければ、イリス達を守ることは出来ないのだから。もっと言えばキューマだけにかかずらっている余裕もない。


「当たったか」


 教会を目指す二体のカプト目掛けてダナーナイフを投擲。急所は射れず、刀身はそれぞれ尾と後ろ足に突き刺さっただけだが、二体のカプトは突然苦しみだし、その場で事切れた。確実に急所を射る技量が失われたなら、どこに当てても良いようにする他ない。戦闘前に刀身に暗殺部隊特製の秘毒を塗っておいたことは正解だった。先のルミエール戦でニュクスの所持していた分は使い切ってしまったが、ロディアと合流したことで彼女が所持していた分の秘毒を補充出来た。


 状況を確認すべく、ニュクスは一瞬ロディアの方を一瞥いちべつするが。


「臆病ね。女一人に大の男が三人がかり?」

「戦場の脅威に男も女も関係あるまい」


 ニュクスに加勢しようとするロディアを足止めするように、ナルキ神父と二人の教団戦闘員が襲い掛かった。ナルキ神父の得物は十字型のを持つクロススピア。追随する教団戦闘員の得物はそれぞれ長槍と長斧と、全員が長物で武装している。至近距離での戦闘を得意とするロディアではリーチの差で相性が悪い。


 状況はかんばしくない。巨体の魔物や複数の教団戦闘員を相手にしながらでは、教会を目指すカプトの群れを確実に取りこぼす。教会に籠城するイリスやヤスミン、リッドの町の住民を守り抜くためには、排除する脅威に優先順位をつける必要がある。


 目と目が合った瞬間、ニュクスとロディアの意志が疎通し頷き合う。大きな賭けだが、大勢の命を救うためには守られる側の協力も仰ぐほかない。ニュクスは教会へ向けて大声で叫んだ。


「今のままじゃ魚の群れにまで対処が出来ない! 少しの間だけでいい。バリケードを強化して自力で侵入を防いでくれ! こいつらを迅速に片づけて、絶対に助けにいく!」


 現状を乗り切るために、まずはより危険性の高いキューマと教団戦闘員を始末しなくてはいけない。出入口のバリケードを強化すれば、数分はカプトの侵入を妨げられるはずだ。その数分間で一気に勝負を決める。


 教会の中からは困惑気味なやり取りも聞こえてきたが、それを掻き消すように、ヤスミンが大声でニュクスへと応えた。


「こっちは俺達で何とか持ち堪えます! 信じてますからね、ニュクスさん!」


 剣技で応えてみせると、ニュクスはククリナイフを握った右腕を高々と突き上げた。


「そういうわけだ。空気を読んでさっさと死ねよ、鎧野郎」

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