第30話 クレプスクルム・カタラクタ

 同時刻、商船ソキウス号は、マスティオ司祭率いる部隊の襲撃を受けていた。

 寄港し、荷下ろしを開始した直後の出来事だったため直ぐには船を出せず、船乗りたちは防衛戦を強いられていた。


「海の男の恐ろしさを思い知らせてやれ!」

「おおー!」


 アクス・マグネティカ船長率いる船乗りたちは、依頼さえあれば海賊かいぞく蔓延はびこる危険な海域へも恐れず通過する武闘派揃い。海面を飛び上がり、次々と甲板へと乗り込んでくるカプトへと、血気盛んにカトラスやハンドアックスで応戦していく。

 

 最年長でもあるアクス・マグネティカ船長は部下達に負けてはいられないと、先陣を切ってカプトへと斬りかかる。カトラスの二刀流で次々とカプトが切りさばかれていく。


「船長にばっか、いい恰好はさせませんぜ」


 隙をついて船長の背後からカプトが一体飛びかかったが、若い二名の船員が同時にもりで一突き。海の上でお互いに命を預け合う男達だ。連携の練度も非常に高い。


「なるほど、魅惑の財宝には番人が付きものというわけか」


 召喚した魔物をけしかけるだけで、教団戦闘員はまだソキウス号へと乗り込めず、港で足止めをくらっていた。まだ焦る程の状況ではないが、計画の遅れにマスティオ司祭は渋面を浮かべる。


 ソキウス号は500年前の英雄へと繋がる重要な鍵を積んでいるにも関わらず、護衛の傭兵も連れずにこのリッド港までやって来た。商船一つ、容易く掌握できると高をくくっていたのだが、それは大きなおごりだったようだ。


 護衛をつけていなかったのではない。護衛をつける必要が無かったのだ。

 鍵を管理し、身に着ける本人が戦闘能力に自信を持っているならば、護衛をつける必要性は薄れる。


「トリア!」

「があああああ――」


 鍵を守護せし白衣の女性が、右側面から殴り掛かって来たメイス使いの戦闘員の腹部へと、強烈な右ストレートを叩き込んだ。拳が直撃した瞬間、凄まじい爆炎が発生、メイス使いは体から煙を上げながら勢いよく吹き飛ばされ、木造の倉庫へと突っ込んだ。


 女性の両手には特殊な繊維せんいで編みこまれた指ぬきグローブがはめられており、握りこぶしの表面には魔法陣らしき紋様もんようが浮かび上がっていた。拳を振るう度にケープから覗く上腕は、筋肉質に引き締まっており、格闘能力そのものも非常に高い印象だ。


「クインクエ!」

「早い――」


 攻撃直後の隙をついて背後から短剣使いが首を狙ったが、白衣の女性は一瞥いちべつもせずに咄嗟に姿勢を低くし、感覚だけ後方へと左で肘打ちを繰り出す。肘は短剣使いの腹部へ直撃、今度は爆炎ではなく鋭い雷撃が走り、短剣使いを一瞬で感電させた。意識を刈り取られた短剣使いは力なく後方へ倒れ、海中へと没する。

 

「攻撃の瞬間に魔法陣と共に発生した爆炎や雷撃か。そのグローブや肘当て、特殊な繊維せんいで編まれた魔導武器だな?」

「ご名答ですわ。優れた洞察力と他を寄せ付けぬ威厳いげん。あなたが指揮官と見てよろしいかしら?」

「如何にも、私の名はマスティオ。アマルティア教団では司祭の地位にある」

「名乗られた以上は名乗り返すのが礼儀ですわね。わたくしの名前はクレプスクルム・カタラクタ。カタラクタの名は、あなた方もよく知っておられるでしょう?」

「成程、ウェクシルム・カタラクタの系譜だったか。500年もの歳月を経てなお、子孫の代までウェスペルへ忠義建てとは恐れ入る」


 宵闇よいやみの双剣使いウェスペル。500年前の大戦時に活躍した影の英雄の一人で、邪神ティモリアに対し、藍閃らんせん剣姫けんきアルジャンテと共に最後の一撃を加えたとされる、アマルティア教団にとっては最も忌むべき存在の一人だ。


 謎多き存在として知られるウェスペルだが、そんなウェスペルに関する数少ない情報の一つに、腹心の戦士、ウェクシルム・カタラクタの名が上げられる。


 変り者だったとされるウェスペルと、後のアルカンシエル建国の王、英雄騎士アブニール率いる虹色の騎士団との間を取り持つ調整役としても活躍し、他の英雄に関する記録にも度々その名前が登場する。そのため、情報量だけならウェスペルよりもウェクシルム・カタラクタに関する記述の方が圧倒的に多い程である。


 戦闘能力では6人の英雄達には及ばなかったとはいえ、最前線へ身を置きながらも大戦を生き抜いた経歴から、かなりの強者であったことは間違いない。


 ウェスペル、ウェクシルム・カタラクタ共に大戦後の動向は一切不明だが、500年が経過した現代において、ウェクシルム・カタラクタの子孫がウェスペルの遺物へと繋がる鍵を守護している以上、ウェクシルム・カタラクタは生涯、いや、子々孫々に渡って忠義者で有り続けたということなのだろう。


「単なる略奪では不完全燃焼だ。ウェスペルへと至る鍵を、カタラクタの系譜をほふったとなれば、我らの遺功いこうは一層にとうとばれることとなろう」

「遺功、はなから決死隊というわけですか。けれどご生憎様。鍵もわたくしの首も安くはありませんわよ」

「すでに我らは命のはかりの上だ。秤がどちらに傾くかは運命のみが知っている」


 フードを下ろし、刺青いれずみを入れた頭を晒したマスティオ司祭は部下達に一歩下がるように命じた。これ以上、部下にやらせていても悪戯に戦力を消耗するだけだ。出し惜しみはせずに、指揮官自ら打って出る覚悟をマスティオ司祭は決めた。


「その可憐な容姿から飛び散る血飛沫は、我らが花道をさぞ美しく彩ってくれようぞ」


 不敵に笑ったマスティオ司祭は、得物である黒いバラむちを取り出した。

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