第25話 暗躍する者、目指す者

 リッドの町に程近い、過疎化で放棄された廃集落内に、黒いローブをまとった一団の姿があった。一団の正体は先のプラージュ侵攻で壊滅的な被害を受けたアマルティア教団正規部隊の残党だ。残党とはいえ30名近い人員を有し、魔物を使役する召喚術師も多数所属している。一つの拠点を制圧するには十分な戦力を有しているといえるだろう。


 本隊の壊滅を受け、当初は本部への帰還も検討されていたが、思わぬ朗報が飛び込んで来たことで、現在はリッドの町の襲撃が最重要目標と定められている。


「ソキウス号の状況はどうか?」

「先日寄港したムセウム号に続き、明日中には寄港予定のようです」

「ふむ。追い風は確実に我らの方へと吹いているようだな」


 残党部隊をまとめるマスティオ司祭が、訪れた好機に微笑を浮かべる。禿頭とくとう刺青いれずみを入れた風貌ふうぼうも相まって、その鋭い眼光には迫力がある。


 本隊壊滅後も、アルカンシエル王国に一矢報いてやろうと潜伏していた矢先に飛び込んで来た、フォルトゥーナ共和国所属の商船ソキウス号寄港の報。ソキウス号の積荷の中には、アマルティア教団が欲する、500年前に活躍した英雄の遺物に関する情報と物品が含まれていると、確かな筋からの情報で確認が取れている。

 必ずしも計算していたわけではないが、先の侵攻で被害を受けたプラージュ港を避け、警備の薄いリッドの町に寄港予定というのも実に好都合だ。


「襲撃計画は如何様に?」


 マスティオ司祭の腹心であるナルキ神父が机上の地図へと視線を落とす。

 ナルキ神父は忠誠の証として、マスティオ司祭と同様の模様の刺青を全身に入れている。筋骨隆々の体躯は神父というよりも歴戦の傭兵の印象に近い。


「町の襲撃と商船の掌握は同時進行で行う。異変を知られ、海洋へ逃げられれば厄介だからな。リッド港へ寄港し、荷の積み下ろしを開始したタイミングを狙う。さすれば即座に撤退は出来まい」


 町の襲撃を商船側が察すれば即座に海洋へ退避する可能性がある。かといって商船側へ注力すれば、リッドの町からプラージュへと異変が伝わり、プラージュ海軍及びイェンス・ヴァン・ロー率いる黄昏の騎士団が応援に駆け付ける可能性がある。確実に目当ての情報と物品を入手するためには、商船と町の双方を同時に掌握する必要があるのだ。


 入手にさえ成功すれば一部の人員にそれを持たせて離脱させ、残る部隊はあえて大袈裟に存在を誇示し、リッドの町を拠点にプラージュの戦力との最終決戦へと挑む。トニー・クーベルタンが帰還したとはいえ、プラージュの戦力に対抗することは残党部隊の戦力では不可能だ。ただ陽動として、離脱した人員が確実に追撃を逃げ切れるだけの時間が稼げればそれでいい。残党部隊の誰もが、死をいとわぬ覚悟で戦列へと加わっていた。


「商船襲撃の指揮は私が直々に執る。町の掌握はナルキとリグマ、両名指揮の下に執り行う」

「御意に」

「マスティオ様に救われたこの命、ようやく大儀のために燃やすことが出来ます」


 腹心として淡々と応じるナルキ神父とは対照的に、銀髪碧眼ぎんぱつへきがんのリグマ神父は声高々に歓喜した。リグマ神父も先のプラージュ侵攻に参加していたが、所属していた部隊はリグマ神父を残して壊滅。敵討に燃え、単騎特攻に臨もうとしたリグマ神父を諭し、思いとどまらせたのがマスティオ司祭であった。「その命をもって教団の未来に奉仕せよ」との胸を焦がした恩人の言葉。血気盛んな美丈夫は、今がその時と心を躍らせていた。


「我らが血肉の一片に至るまで邪神ティモリア復活のいしずえとなろう。我らこそが混沌の尖兵なり!」

「御意! 邪神ティモリアと共に!」


 空はあけぼの。リッドの町に、狂乱の一日が訪れようとしている。


 〇〇〇


「おや、お早いお目覚めですね」


 フォルトゥーナ共和国の商船、ソキウス号の甲板へと、純白のカジュアルドレスに純白のケープを合わせた女性が上がって来た。船長室の窓から顔を出した船長が気さくに女性に声をかける。


「おはようございます、船長さん。朝焼けでも鑑賞しようかと思いまして」

 

 女性の頬を海風がで、絹糸のような美しい金髪がなびいていく。持ち前の美貌びぼうに朝焼けというロケーションも相まって、甲板に佇む美女はとても画になっている。


「天候にも恵まれていますし、予定通り正午前に到着できそうですよ」


 海賊感漂うワイルドな風貌とは裏腹に、船長の振る舞いはとても紳士的だ。


「しかし、ここまで来て言うのは野暮というものでしょうが、何もこのような時期にアルカンシエル入りする必要は無かったのでは? プラージュ侵攻は落ち着いたとのことですが、また何時侵攻が発生するか分からないし、アルカンシエル全体が物騒な状態にあることは間違いありません。もちろん我々は海の男として、仕事とあらば危険を冒す覚悟は出来ていますがね」


「こんな時期だからこそですよ。アマルティア教団の台頭に加え、すでに四柱の災厄の内の三柱が復活している。状況は予断を許さない。脅威に対抗するためには、影の英雄の力が不可欠です……尤も、私が託せるのは鍵までですがね」


 肌身離さず身に着けている鍵の感覚を確かめるように、白衣の女性は心臓の位置に手を当てた。


 500年前の大戦時に活躍した影の英雄達が使用していた武器の数々が、今後の戦況を占う重要な要素となってくることは間違いない。白衣の女性自身は武器を管理する立場にはないが、ある英雄の遺産へと繋がる鍵を代々受け継ぐ立場にある人間だ。此度の戦乱を受け、それを託せる存在を求め、自らアルカンシエルの地を目指すに至った。


 運命の出会いが早々に訪れることになろうとは、この時の彼女はまだ知る由もない。

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