第24話 運命を選べる子、選べなかった子

「ねえ、ロディアお姉ちゃん。ニュクスとヤスミンは本当は何処へ行ったの?」


 ニュクスとヤスミンが教会を訪ねていた頃。イリスとロディアは町外れの砂浜を手を繋いで歩いていた。同性同士の信頼関係か、出会って日が浅いロディアだからこそ余計な気を遣わずに問い掛けることが出来たのか。不意に足を止めたイリスが上目遣いで尋ねた。


 ニュクスとヤスミンは旅に必要な物の買い出しという名目で別行動を取っていたが、それは建前で、本当な何か別の目的があるではとイリスは直感している。


 二人のことだから自分を思っての配慮なのだろう。そう思うと、その場で問い詰める勇気を持てなかった。だけど、疑問を疑問のままにしておける程我慢強くないことも自覚している。ロディアならきっと、事情を把握しているはずだ。


「本当はって?」


 しゃがんで目線を合わせたロディアは笑顔のまま、あえて質問に質問で返した。イリス自身がどういった予測をしているのか、それによって対応は変わってくる。


「ずっと考えてたんだ。お父さんの故郷ということは、もしかしたら私の知らない親戚とかもいるのかなって……もしかしたら二人は、そういう人達を捜しに行ったのかも」

「どうしてそんなことを?」

「その……私を親戚のお家に預けようとしてるのかなって。子供を連れての旅って大変だろうし」

「もしそうだとしたら、イリスちゃんはどうする?」


 ロディアの容赦ない言葉に、イリスの体が一瞬、すくむ。

 取りつくろった言葉よりも、体はよっぽど正直だ。


「……ニュクスが決めたのなら仕方がないよ。ニュクスが大変な思いをするのは嫌だし」

「そういうの、私は嫌いだな」

「えっ?」


 一瞬にしてロディアの表情から笑顔が消える。出会って間もないとはいえ、イリスの前では常に笑顔を絶やさなかった優しいお姉さんが、今まで見たことのない、凍てついた表情をイリスへと向けている。


「良い子ちゃんぶらずにもっと我儘わがままになりなさいよ。残れと言われても絶対に彼に付いていくんだって、それぐらい言い切ってみせなさい。我儘は子供の特権なんだから」

「……どうしちゃったの? ロディアお姉ちゃん」

「運命を選べず、大人の我儘に振り回されるしかない子供だっているんだ。運命を選べる立場にある子供が良い子ちゃんぶって望まない道を選ぶなんて、正直、馬鹿げているよ」

「何? 何の話?」

「いいからもう一度答えなさい。さっきの言葉はイリスちゃんの本心?」

「……怖いよ」

「怖くても、目を逸らしちゃ駄目だよ」


 迫力に怯え目を逸らしそうになったイリス頭を両手で固定し、ロディアは強制的に自分と向かい合わせた。


「……本心なわけないじゃん」


 恐怖を振り切るかのように、ロディアは感情を絞り出した。


「不安で不安で仕方がないの。私、この町に置いて行かれるんじゃないかって。だけど、そんなの嫌だよ! もう家族と離れ離れになるのは嫌!」


 感情を爆発させたイリスは瞳に大粒の涙を浮かべていた。

 そんなイリスの姿を受け、ロディアは表情を解凍させ、優しいお姉さんとしての笑顔で、イリスの感情と華奢な体を受け止めた。


「本心が聞けて良かった。ごめんね、怖がらせちゃって。私、凄く嫌な奴でさ。選ぶ権利があるイリスちゃんが羨ましかったんだ」

「ロディアお姉ちゃんが、私を羨ましい?」

「私は、選ぶ権利のない女の子だったから」


 狂気に囚われる以前の、純粋な少女の面影を残した瞳でロディアは儚げに笑う。

 ロディアは理不尽に家族や大切な人達の命を奪われ末、大人達の欲望の世界へと引きずり込まれ、否応なしに残酷な運命を強いられてしまった。地獄の底から引き揚げられ、大切な存在であるニュクスと寄り添えただけで十分に幸せ者だと自覚しているが、それでも、選択肢すら与えてくれなかった世界を呪いたくなる時もある。


 イリスは家族と故郷を失うという過酷な運命に晒された。それでも、信頼出来る人達と新たに平穏な人生を歩む権利を持てただけまだ恵まれている。

 そして、恵まれているからといってその選択に引け目を感じる必要などない。本人が幸せだと感じられる道を選べるなら、それが一番に決まっている。肯定こそされても否定されるものではない。


「それとね、もう一つ謝らせて」


 迫力でイリスを脅かしてしまった以上の負い目。

 イリスの本心を知るためにあおるようの言い方になってしまったが、ロディアはイリスの不安が杞憂きゆうであることを始めから知っていた。


「彼はね、イリスちゃんをこの町に残していくような真似はしないよ。イリスちゃんは責任を持って自分が育てていくと、強く誓っているから。知っていながら、試すような真似をしてごめんね。物分かりのいい上辺じゃない、イリスちゃん自身の明確な意志が知りたくて、あんな風な言い方になっちゃった」


「だけどそれなら、二人は本当は何をしに行ったの?」


「目的が違うだけで、イリスちゃんの予想は間違っていないよ。二人はお父さんの関係者を捜しに行ったの。知り合いがいるのなら、訃報ぐらいは知らせるべきだからって」


「それだったら私も一緒に行ってもよかったのに」


「彼なりの配慮だったんじゃないかな。お父さんがこの町を離れてから随分と経つみたいだし、関係者捜しは徒労に終わるかもしれない。イリスちゃんを連れて行くのは関係者が見つかってからの方がいいと思ったんだよ、きっと」


 関係者を捜すことで、何かしら父親に関する不都合な真実が発覚する可能性については言及しなかった。もちろん、それすらも杞憂に終わる可能性はあるが、ニュクスと合流もしていない段階で悪戯に不安を煽るものではない。


「色々と怖がらせちゃってごめんね。私のこと、嫌いにならないでね?」

「確かに怖くてびっくりしちゃったけど、お姉ちゃんが私を思って言ってくれたことは分かる。私、ロディアお姉ちゃんのこと好きだよ」

「嬉しいこと言ってくれるじゃない、我が妹よ~」

「きゃっ!」

「わわっ!」


 勢いよくロディアが抱き付いた瞬間、慣れない砂浜に足を取られたイリスがバランスを崩し、二人一緒に転んでしまった。柔らかい砂の上なのでお互いに怪我は無いが、二人仲良く砂まみれだ。


「イリスちゃんってば、砂まみれ」

「もう、ロディアお姉ちゃんのせいじゃん」


 どうせ砂まみれなのだから構うものかと、お互いに砂をかけてじゃれ合う。自然と大きな笑いが巻き起こり、一時前の緊張感は自然と霧散していった。


「どうせ汚れちゃったし、このまま水遊びしよう」

「あっ、待ってよ、ロディアお姉ちゃん」


 ブーツを脱ぎ捨てたロディアが波打ち際を駆け抜け、笑顔のイリスが裸足でその後を追った。

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