第23話 旅路の果ての人生

「自分を支えてくれた人達を見限る程、ケビンさんは薄情な人ではないと俺は思いますよ」


 神父とヤスミンのやり取りを静観していたニュクスが、静かに口を開いた。

 ケビンとはそれ程長い時間を共有したわけではない。それでも、父親としての一面、夫としての一面、旅人の先輩としての一面。様々な一面を見て来てきた者として思うところはある。


「ケビンさんは、非難の目で見られる自分を庇ってくれる人達にまで風評が及ぶことを恐れたのではないでしょうか。暴漢の被害に遭った女性がその中に含まれていたのならば尚更です。自分一人がこの町から去れば、それで再び平穏が戻って来る。そう思ったからこそケビンさんは、誰にも何も言わずにいなくなったのではないでしょうか?


 ご本人が亡くなっている以上、回答を得ることは出来ません。ですが、俺のよく知るケビンさんという男性は、そういった選択をする心優しい男性だったと確信しています。神父さん。あなたの知るケビンさんはどうでしたか?」


「……確かに、彼ならばそのような決断に思い至ったかもしれません。ですが、残された私達がそう判断してしまうのは、我が身可愛さの身勝手というものではないでしょうか?」


「そのお考えはごもっともです。良くも悪くも、残された者たちには想像することしか出来ませんから。ですが、旅路の果てに辿り着いたケビンさんのルミエール領での姿を俺達は知っています。家族思いで、いつも明るく食卓を盛り上げてくれて、暗い影なんて感じさせないとても爽やかな人でした。暗い過去に囚われたままでは、あんな風には笑えないと思います」


「俺もそう思います! 過去のことは分かりません。もしかしたら旅に出た直後は神父さん達にも複雑な感情を抱いていたのかもしれません。だけど、少なくとも俺達の知るケビン・オネットさんは、過去に囚われて誰かを恨むような人ではありません。それだけは自信を持って言えます!」


 ニュクスの言葉はもちろんのこと、より長い年月をオネット夫妻と関わって来たヤスミンの、不器用ながらも思いの丈を乗せた言葉が、神父の心に何よりも刺さった。


「……思えば、ケビンは故郷で過ごしたのと近い時間をルミエール領で過ごしたのですよね。彼は自らの意志で人生を切り開いていった。その日々が幸せなものだったというのなら、彼の選択を否定することこそが身勝手なのかもしれません。


 あなた方の言うように、本人亡き今は想像することしか出来ませんが、彼の行動は私達を思ってのものだったと、そう信じてもよいのでしょうか?」


 ニュクスとヤスミンが頷きで肯定したのを見て、これまでは起立していた神父が目頭を押さえ、崩れるように二人の横に腰を落ち着けた。


「もしよろしければ、彼がルミエール領でどのような生活を送っていたのか、もっと詳しく教えて頂けませんか? 幼少期からケビンを知る者として、彼のルミエール領での姿を知りたい」

「もちろんです」

「俺に答えられることなら、何でも聞いてください」


 〇〇〇


「……そうですか、ケビンは奥方と共に、最期の瞬間まで我が子を」


 神父からの要望に答え、ニュクスとヤスミンは自分達が知るケビン・オネットという男性について、知る限りのことを自分なりの言葉で語り聞かせた。一時間以上に及んだやり取りは、ケビンが最期の瞬間まで父親として娘の命を守り切ぬいた節で一つの区切りを迎える。悲しみのぶり返して来たヤスミンは場違いを自覚しながらも瞳に涙を浮かべ、神父も感極まった表情でケビンの顛末を受け止めていた。


「現在、ケビンのお嬢さんは?」

「イリスは俺が引き取りました。この町にも一緒に来ていますよ。今は連れの女性と一緒に町を観光させています」

「もしや、ケビンの故郷であるこの町に移住を?」


「いいえ。この町にはあくまでも、新天地を求める旅の途中に立ち寄ったまでのことです。自身と母親の故郷が失われた今、父親のルーツを見ておくことはイリスにとって必要なことだと考えました。本人もそれを望んでいましたしね」


「ケビンの過去について、お嬢さんには?」


「少なくとも今は伝えるつもりはありません。知らずに済むなら、それに越したことはないでしょうから。傷心の現状では猶の事です。だけど、イリスがもう少し大人になって、自らの意志でケビンさんの過去を知りたがったなら、その時は包み隠さず真実を伝えようと考えています。知る権利があることも事実ですから」


「そうですね。それがよろしいでしょう」

「次回はイリスも連れてきますから、昔の旦那さんのことを知る方として是非会ってあげてください。旦那さんが故郷で過ごした日々、決して悪い思い出ばかりではないでしょう?」

「はい。私で良ければ喜んでお話しさせて頂きます」


 神父の表情に、微かに笑顔が戻った。


「ちなみに、神父さんの他にケビンさんと親しかった人などは町におられますか? 機会があればご挨拶くらいはと思いまして」


「あれから15年も経ちますからな。事情で町を離れた者や、海の事故で亡くなった者も少なくない。関係者は多いとは言えませんが一人、今でもケビンの帰りを待ち、謝罪したいと願っている女性がおります」


「その女性というのはもしや?」

「はい。ケビンに危機を救われたハンナという女性です。美しい声と歌唱力をもった女性でしてな。食堂を切り盛りする傍ら、歌手としても活動しております」

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