第20話 帰還命令

「ロー殿。こちらにおられたか」

「クーベルタン殿、私に何か御用か?」


 西部プラージュ港。町の中心部に位置するプラージュ海軍本部の屋上に、二人の騎士の姿があった。


 屋上からプラージュ湾を眺めていたのは、アルカンシエル王国の同盟、フォンタイン王国出身で連合軍へと参加している黄昏の騎士団団長――イェンス・ヴァン・ロー。外はねした赤茶色の髪と、騎士団名の由来ともなった黄金色の鎧姿が印象的な美丈夫びじょうぶだ。


 ローを訪ねて屋上へと姿を現したのは、アルカンシエル王国騎士団幹部のトニー・クーベルタン。金色の短髪と口ひげが印象的な騎士で、王国騎士団の両翼を担うと評される豪傑ごうけつだ。出世欲のない本人からすれば必ずしも望むべき地位ではないかもしれないが、同じく両翼と評された王国騎士団幹部、レオポルド・カンデラがファルジュロン戦で戦死した今、次期騎士団長の座に最も近いとされる人物でもある。


 先のアマルティア教団の大規模侵攻に際し、王国騎士団団長ブノワ・アンゲルブレシュトの命を受けたクーベルタンと、自ら参戦へ名乗りを上げたロー率いる部隊は、海洋交易の要であるプラージュ港防衛戦へと参加。プラージュ港との交易が盛な同盟国、フォンタイン王国海軍と連携しての挟撃にも成功し、プラージュ港戦は、同時侵攻を受けた四つの地域の中で最も早く侵攻部隊本隊を撃破するに至った。


 しかし、侵攻部隊本隊撃破後も残党勢力による突発的な襲撃が多発しており、クーベルタンらの部隊も即座に王都へは帰還せず、治安維持のためにプラージュ港へ留まっていた。


 プラージュ港を含む西部の全ての港が海洋交易を再開させたが、激戦の跡は当然色濃く残っている。撃沈された官民問わず多くの船が湾内に沈んでおり、正確な犠牲者の数もまだ把握しきれていない。残骸が一部の海路を妨げており、本格的な復興にはまだしばらく時間がかかる見込みだ。


「王国騎士団から王都への帰還命令が出た。ファルジュロン奪還作戦を見越して戦力の再編を行うつもりなのだろう。襲撃の混乱が収まりつつある今、状況はプラージュの既存戦力だけで足りるとの判断したようだ」


「確かに、これまで多発していた残党部隊の反抗も随分と大人しくなったようですが、あれだけの激戦の直後です。抑止力の意味からも、一度に大部隊が撤収するのは危険では?」


 アマルティア教団の侵攻の本命がルミエール領とゼニチュ領ファルジュロンであったことは事実だろう。一方で早期に戦闘が収束したとはいえ、アマルティア教団がプラージュ港に投入した戦力とて決して少数だったわけではない。海洋交易の拠点であるプラージュ港がアルカンシエル王国にとって重要な場所であることも事実。本命でないにしても、あわよくば陥落させたいという思惑は教団とて持っていたはずだ。主力部隊を一度に撤収する判断はまだ早計だというのが、ローの率直な意見だった。


 無論、思慮深い性格で知られるクーベルタンとて、その問題を棚上げしておくつもりはない。


「私とてその懸念は抱いている。しかし、ファルジュロンの状況が余談を許さぬのもまた事実。そこで提案なのだが、私の部隊とロー殿の部隊とで帰還の時期をずらすというのは如何か? 話しは私の方で王国騎士団本部へと通しておこう」


 王国騎士団幹部であるクーベルタンには大きな発言力がある。加えて同盟国の著名な騎士であるローも存在感が強い。連名とあらばその意見は易々と通るであろう。


「なるほど、折衷案せっちゅうあんとしては妥当なところですね」

「申し訳ないが直接命令を受けた身として、私の部隊は第一陣として明日付けで帰還の徒につかせて頂きたい。ロー殿にはプラージュをお任せしたく思う。いやしい言い方になってしまうが、ロー殿の方が単独行動は取りやすかろう」

「卑しいなどとんでもない。理由をつけてくれたことに礼を言う」


 帰還命令が出ている以上、王国騎士団所属のクーベルタンは即時撤退せねばならないが、正式な連合軍の発足前である今、同盟国からの出向であるローには、ある程度は独自の判断で動く権利が認められている。アマルティア教団の侵攻時に挟撃に参加したフォンタイン王国海軍の一部隊もまだプラージュ港に留まっており、同胞であるローが残った方が連携も取りやすい。


「部下を二名程置いていくので、好きに使ってやってくれ。友好国といえども、異国の地では何かと事情も異なるだろう」

「ご配慮に感謝する」


 クーベルタン個人としては、先のプラージュ港防衛戦を共に駆け抜けたこともあり、ローのことを強く信用しているが、王国騎士団の幹部としてどうしたって政治的な配慮もついて回ってしまう。


 いかに同盟国といえども異国の騎士との間では貴族や軍部内で些細な衝突が発生する可能性は否めない。連結役としてアルカンシエル王国騎士団の人間も置いておく必要がある。無論、異国の地で任務に当たっている以上、ローとてその辺りの事情は理解している。クーベルタンの部下とも親交は深めているし、そこは頼れる味方が増えたと好意的に解釈していた。


杞憂きゆうで終わればそれに越したことはないが、昨今の静けさは確かに不気味だ」


 先にプラージュを去る身として無責任な言葉にはなってしまうが、現状に不安を抱いているのはクーベルタンとて同じだ。防衛戦後に散発的に発生していた教団側の反抗がここ数日間は完全に止んでいる。プラージュでの戦闘行為を完全に停止し、撤退したというのが大方の見解だが、それならそれで撤収する一団さえも目撃されていないことが気になる。


「プラージュに固執し過ぎるのも危険かもしれませんね」

「ああ。プラージュ港はアルカンシエル最大の貿易港だが、西部には他にも幾つか港町が存在している。プラージュ港が侵攻の爪痕色濃い中、近隣の別の港へ寄港する商船も多かろう」

「プラージュ以外の港となると確か、タンブル、レットル、それと」

「リッドだな」


 地理に疎いローが広げた地図の中から、クーベルタンは南に位置するリッドの町を指差した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る