第18話 不思議な力

 二人は町中の食堂へと話の場を移していた。アザールは多くの商人が行き来する交易の町だけあり、深夜営業の店も多く存在している。


「そっか、そのイリスって女の子を助けるために、君はクルヴィに刃を向けたんだね」

「俺みたいな人間が、いまさら善人ぶって馬鹿みたいだよな」

「ううん。君の行動は正しいと思うよ。理不尽な目に遭う子供達の気持ちを、私達は誰よりも理解してるもの」


 ニュクスが語った、暗殺部隊の離反および王都を離れるまでの経緯について、ロディアは終始真面目に聞き入り、事実を素直に受け止めていた。

 ロディアは狂気を宿してこそいるが、同時に子供好きという温和な一面も持ち合わせている。少女期の過酷な経験故、辛い経験をした子供達に対しても同情的だ。イリスを救うために全てを投げうったニュクスの姿に、かつて自分を救いに来てくれた、まだあどけなさが残る頃の彼の姿を重ねた部分もあるだろう。


 もっとも、イリス以外の話題に関しては、ロディアのニュクス本位の姿勢は揺るがないが。


「ソレイユ・ルミエールとはもう、縁を切ったってことでいいんだよね?」


 一転、紅玉色の瞳が殺意と嫉妬に染まる。親代わりとして子供に愛情を注ぐのは許せる。だけど、自分以外の女性に対しての特別な感情については話は別だ。

 自分からニュクスを奪った(少なくともロディアの中ではそういう認識)憎き女。ロディアが暗殺部隊を離反したのだって、ソレイユ・ルミエールへの殺意に起因した行動だ。ニュクスとソレイユの関係が今どうなっているのか、それだけははっきりさせておかなくてはいけない。


「俺はもう、お嬢さんに関わるつもりはないよ。そもそもが暗殺者と標的といういびつな関係だったんだ。俺が組織を離反した時点で、あの人との関係が成立しなくなるのは道理だろう」


「君が関わるつもりはなくても、あの女が一方的に関わってくるかもしれないよ? 現にあの大きい人、騎士団長のカ、カ? カモミールさんだっけ? は君の消息を追っていたようだし」


「関係者が失踪すれば捜索くらいはするだろう。それは仕方のないことだ。やり過ごしていれば捜索もじきに終わる。戦渦の混乱期に、俺みたいな奴に関わっている暇なんてお嬢さんには無いさ」


「どうかな? そう簡単に諦めそうな女には思えなかったけど」


 ビーンシュトック邸で対峙した際の問答で、ソレイユはロディアに対してニュクスの所有権を主張するような剛胆さまで見せた女だ。そう簡単にニュクスの存在を諦めるはずがないと、女の勘がそう告げている。

 ニュクスにしても、ソレイユと共に行動していた頃の「お嬢さん」という呼称を無意識に使っている辺り、完全に心が離れたとは言い難い。


「目立たず、大人しくしていればもう一生会うこともないんだ。下手にちょっかい出そうとするなよ」

「……君がそう言うならそうするけど。向こうから干渉してきた時は容赦しないからね?」

「言っただろう。お嬢さんに俺にかまっている暇なんてないよ」


 ニュクスの側にこれ以上ソレイユと関わる意志が無いというのなら、今はとりあえすそれで良いと、ロディアは一先ず殺意の矛を収めた。

 ニュクスの中にソレイユに対する感情が残っていることは憎らしいが、今こうして寄り添っているのはロディアの方だ。これから共有していく時間の中で、ニュクスがソレイユ・ルミエールのことが思い出せなくなるくらい、自分に夢中にさせてやればいい。


「ロディア、俺たちはこれから西のリッドという町へ向かう予定だ。お前はどうする?」

「もちろん、一緒に行くに決まっているじゃん。今更君と離れ離れになると思う?」

「一応確認しただけだよ。俺だってもう、お前から離れるつもりはない」

「私も、もう絶対に君から離れないからね」

「おうおう、大胆だねお姉ちゃん」

「独り身には目に毒だ~」


 人目をはばからずロディアは、ニュクスに抱き付き、頬に何度もキスをした。他の客からは、酔いの回ったカップルが熱々ぶりを見せつけているのだろうと、冷やかす声がちらほら飛び出す。


 なお、二人が飲んでいるのは麦茶で酒は一滴たりとも口にしていない。ロディアは平常運転である。


「そういえばロディア、お前にくさびは打ち込まれていないのか?」


 今更ながら、そんな疑問をニュクスは抱く。

 話を聞く限り、ロディアはビーンシュトック邸での暗殺任務の直後に私情で教団の所属を外れたことになる。今だって、深い仲にあるとはいえ何の葛藤も無くニュクスの旅への同行を快諾している。楔が打ち込まれていればこうはなるまい。ニュクスが知らないだけで、ロディアも何らかの機会に楔の支配を脱却したという可能性も考えられるが。


「クルヴィの呪いによる支配、みたいなやつだっけ? 詳しくは分からないけど、私にはたぶん、効かなかったんじゃないかな?」

「どういう意味だ?」

「パパだったかな? ママだったかな? 昔誰かが言ってたんだ。私の一族には呪いや毒物を跳ねのける不思議な力が宿っているんだって」

「そう、なのか?」


 長い付き合いだが、そんな話は初耳だった。


「私だって半信半疑だよ。子供の頃に一度そう言われただけだもの。けど、初めて会った時にクルヴィが驚いたような顔をしていたし、もしかしたらその時、楔とかいうのが不発だったってことなんじゃない?」

「呪いや毒を退ける不思議な力か」


 これ以上ロディアの前で名を出すべきではないと思い、本人には伝えなかったが、もしロディアの言っていることが事実ならば、ソレイユが宿している、初戦でニュクスが敗北するに至った不思議な加護とその効果は酷似している。

 

 偶然といってしまえばそれまでだが、そのような特殊な体質の人間はそうは多くないだろう。加えて両者が代々一族に伝わって来た体質だと発言している。偶然ではなく、体質には似たような起源が存在している可能性だって否定は出来ない。


 そこまで考えてニュクスはかぶりを振った。

 もうソレイユと関わるつもりはないと明言したばかりなのに、早速彼女に関することを考えてどうする。


 疑問は残るが、ニュクスは二人の共通点はただの偶然だと、無理やり自分自身を納得させた。

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