第17話 理解者
「どうしてロディアがここ――」
「会いたかったよ!」
状況が落ち着いた瞬間、ニュクスの疑問を
「ご馳走様。続きも行っちゃう?」
「今は勘弁してくれ」
何時の間にやらブラウスの前を半分ほど開けていたロディアだったが、改めて目の当たりにしたニュクスの変わりようを見て、表情が一気に青ざめた。
「その右目、どうしちゃったの?」
「この間のルミエール領の戦闘で少しな」
「治るんだよね?」
「残念ながら、視力は完全に失われている」
「……誰にやられたの?」
「色々あってクルヴィ司祭とやり合うことになってな。右目と右腕とで相打ちになった形だ。事実上、教団も離反した」
「……分かった。今からあいつを殺しに行ってくる」
「待て待て待て」
ロディアなら本気でやりかねない。いや間違いなくやる。
「何で止めるの? 君の大事な右目を奪った奴なんて生かしておけないよ」
「俺は右目を失ったことを後悔していないし、事実をもう受け止めている。お前が俺のために危険を冒す必要なんてない」
「私自身が許せないの。それに、後悔してないっていうのも絶対に君の本心じゃないよ」
「……そんなことはない」
「嘘だよ。だって絵描きの大切な目だもの! 描き止めるためにたくさんのものを映して来た大切な目だもの!」
しばらく顔を合わせていなかったというのに、ロディアはいとも容易くニュクスの本心を見透かしてしまった。ニュクスになる以前からの彼を知る彼女は、絵描きとしてのニュクスのことを誰よりも理解している。
右目は失ったがイリスを救うことは出来た。そのことに後悔はない。これは紛れもないニュクスの本心だ。
一方で絵描きとしてのニュクスは、絵を描く上で重要な器官の一つである片目の喪失を、本当の意味ではまだ受け止めきれていない。視界の半分、いわば世界の半分が無くなってしまった。視力のバランスを失い遠近感だって崩れる。精神的な理由はもちろんのことだが、片目が失われた実感を伴うのが恐ろしくて、まだ一度も筆を取れてはいない。
「君から右目を奪ったあいつを、私は絶対に許さない!」
「……俺を思ってくれて嬉しいよ。だからこそお前をこのまま行かせられない」
再び語気を強めたロディアを、ニュクスはなおも力強く引き留めた。
「何で止めるの?」
「お前は強いが、教団の中枢に構えるクルヴィ司祭の下へ向かうのは無謀だし、司祭自身も相当な実力者。はっきり言って自殺行為だ」
「刺し違えてでも殺してやる。私の命よりも君の目の仇を討つ方が大事」
「俺はお前の命の方が大切だ!」
強引に体を引き寄せ、強めた語気と共にロディアの真紅の瞳を真っ直ぐ見据える。大切な女性を、みすみす死にに行かせるような真似は出来ない。
「俺はお前を喪いたくない。俺のために行くな」
「……ごめん」
今度はニュクスの方から、ロディアを宥めるようにして
ニュクスはロディアにとって全てだ。愛する男にここまで言われてしまえば、それは自分の感情よりも優先される。愛する男を傷つけた仇敵に対する殺意は永劫消えることはないだろう。それでも、愛する人が自分の身を案じてくれるなら、今はその愛情に身を委ねていたい。
「それで、どうしてロディアがここに?」
「もちろん、君に会いに来たんだよ。王都に行ってみたら、たまたま通行所で君について聞き込みしてる大きな人がいてね。聞き耳立ててたら西に向かったようだって話だったから、こうして追いかけて来たの」
「大きい人?」
「大きくて、髪形が特徴的な人だったよ」
「ああ、カジさんか」
知人でその特徴に当てはまるのはカジミールくらいしか思い当たらない。聞き込みをしていたというのなら、すでにニュクスが王都を発ったことはソレイユたちにも伝わっているはずだ。それ自体は想定の範囲内。すでに王都から距離を取っているので大きな問題はない。
「その、暗殺部隊はどうしたんだ?」
「この間の王都での任務以来戻ってないよ。
深刻な話題をロディアはペアルックのように軽々と語る。
今ニュクスの隣にいられるという事実が重要であって、教団を離反したことなど、ロディアにとっては大した問題ではないのだろう。
「お互いを取り巻く環境が随分と変わったみたいだな。先ずは状況を整理しておこうか」
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