第12話 追跡
三日後。ニュクスが失踪したとの情報はカジミールを通じてソレイユの下へも届いていた。
「ニュクスが消えた?」
「朝、ルミアが様子を見に行ったところ、彼の借りていた部屋はすでに引き払われていたそうです。通行所に問い合わせて人の出入りを確認したところ、二日前に彼と思しき人物が西門から出発していたことが判明しました。灰髪と眼帯の特徴からまず間違いないでしょう。どうやら初めてルミエール領を訪れた時のように、絵描きのニュイとしての身分で取得した通行証を使用したようですね。同行者として少女一人と青年一人を連れていたそうです」
「少女というのはイリスですね。ニュクスがあの子を置いていくとは思えませんから。もう一人、青年というのは?」
「カキの村のヤスミンです。彼ならば何か事情を知っているのではと住居を訪ねたら中はもぬけの殻。代わりに、ニュクス達と共に旅に出る
生真面目な性格故、ヤスミンには恩義あるソレイユや騎士達に無言で旅立つことに後ろめたさを感じ、せめて置き手紙という形で旅立ちを知らせることにしたのだろう。穏便に旅にさえ出られれば問題はないので、後に発覚する置き手紙程度はニュクスも許容していた。
「これがニュクスの選択なのですね」
ヤスミンの置き手紙に一通り目を通すと、ソレイユは怒るでも悲しむでもなく、冷静に状況を受け止めていた。
「あまり、驚いてはいないご様子ですね」
「最近の彼の様子を見ていれば、有り得ない話ではありませんでしたから。いいえ、あるいは私の存在がその決断を早めてしまったのかもしれません」
「対処は如何しましょうか? 今更ニュクスが教団に戻るようなことは無いでしょうが、だからといって放任しておくわけにもいきますまい」
「そうですね。目的があっての行動であれば許容もやぶさかではありませんが、それが単なる逃避であるなら、許しておくわけにはいきません」
ニュクスのこれまでの経歴には責任が伴う。戦いからの逃避など到底許されるものではないだろう。一方で逃避に至ってしまったニュクスの心情を理解出来ることもまた事実だ。
多忙にかまけてニュクスの心情に寄り添おうとしなかった自分の責任をソレイユをひしひしと感じていた。これまでだってそうだ。暗殺者と標的という歪な関係に
「しかし、私達は連合軍所属の身である上に待機命令中。身内を捜すために騎士を派遣するのは、現状では難しいでしょうね」
待機命令中の
「ならば僕達が彼の消息を追いましょう」
事情を聞いて執務室を訪れたのは、ソレイユに雇用されている金色の長髪を結い上げた槍使いの傭兵ファルコ・ウラガーノと、ジルベール傭兵団の生き残りである弓兵のロブソン・ロ・ビアンコであった。
「騎士ではなく、雇用された身の僕たち傭兵が動き回る分にはそこまで大きな問題はないでしょう」
「何か理由が必要なら、小遣い稼ぎで別の依頼を受けていたの一言で済みます。そういった融通が利くのも我々傭兵の強みですから」
ファルコとロブソンの提案に対するソレイユの判断は早かった。追跡となれば、あまり悠長なことは言っていられない。
「そうですね。今はお二人に頼ることが最適解のようです。雇用主として正式にニュクスの捜索をお願いします」
「彼を発見した場合、対処はどのように?」
表情一つ変えないファルコの問い掛けには、殺害をも
ニュクス個人には決して悪感情は抱いていないが、だからといってプロの傭兵として情に流されもしない。無論、戦士としてのニュクスに惚れこんでいるソレイユが、そのような命令を下すとはファルコも思ってはいないが。
「ニュクスに接触したら彼の真意を問うた上で、王都へ戻る意思があるのかを確認してください。事が穏便に済むのならそれに越したことはありませんから」
この指示はあくまでも建前だろう。ニュクスという人間が説得に応じる程度の覚悟で逃避するような人間でないことは、ソレイユが一番理解しているはずだ。
「それでもなお説得に応じない場合は?」
間髪入れずにファルコが問う。
「実力行使で捕縛してください。ただし、同行しているイリスやヤスミンを怖がらせるのは私とて不本意ですから、やはりこちらもなるべく穏便に」
「穏便な実力行使ですか。失礼ながら、それは矛盾というものでは?」
「私、無茶なお願いはそれを実行出来る方にしかお願いしませんから」
「傭兵冥利に尽きますね。承知しました。全力でご依頼にお応えいたしましょう」
雇い主からの信頼を快く受け取り、ファルコは微笑みを浮かべた。
表向き表情は変えないが、隣のロブソンも同意し短く頷く。正式にソレイユに雇用されてから初の任務だ。静かに気合いが入っていった。
「ニュクスらしき旅人の目撃情報をまとめておいた。詳細はここに」
カジミールに手招きされると、ファルコとロブソンは今後の指針についてカジミールを交えて協議を開始した。
「……何の相談も無くいなくなられたことは、やはり寂しいですね」
絶対に止められると思ったからこそ、ニュクスはソレイユに何も告げずに立ち去ったのだろう。実際、告げられていたらソレイユは力づくでニュクスを止めていたに違いない。寂しいと感じてしまうのは
話せなかったのなら、もう一度話す機会を設けるしかない。
だから、このまま逃避するなんて絶対に認めない。
責務、契約、個人的な感情。
ニュクスを繋ぎ留めねばならぬ理由は山ほどある。
だけど、今のソレイユの内に宿りし感情はニュクスともう一度他愛のない会話を交わしてみたいという、ただただ純粋なものであった。
これが今生の別れでは、あまりにも虚しすぎる。
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