第8話 らしくない任務

「本来護衛など暗殺者の仕事だろうか? 性質的にはむしろ真逆だろうに」

「一介の門番である私めに言われましても」

「分かっているよ。ただ誰しも、誰かに心の声を聴いてもらいたい時はあるものだろう」

「はあ……」


 メーデン王国東部の湖畔にそびえる湖城の前で、アマルティア教団暗殺部隊所属の、くせ毛気味のオリーブ色の髪のアサシン――エキドナが、門番の男性に溜息交じりに小言を漏らす。初対面の門番は反応に困り、苦笑を浮かべるに留めている。


 暗殺者などと軽々しく口に出来るのは、門番含め、屋敷の使用人全員がアマルティア教団の関係者であるためだ。


 本来この湖城はメーデン王国の有力貴族の所有物だったのだが、貴族はアマルティア教団へ入信しており、湖城は現在アマルティア教団の管理下にある。表向きの所有権は貴族のままになっているのでアマルティア教団の関連施設としては認知されておらず、主に要人を匿うための隠れ家として活用されている。元が僻地ということもあり、秘匿性は十分だ。


「命令ならば仕方がないが、上も何を考えておられるのか」


 暗殺部隊所属のエキドナが、身内側の要人を匿うための施設を訪れたのは他ならぬ、暗殺部隊統括責任者であるクルヴィ司祭の命令あってのことだ。目まぐるしい戦況の変化によって、アマルティア教団暗殺部隊の立場も当初とは大きく変わってきている。


 〇〇〇


 事の経緯は数日前、任務で国外にいたエキドナを、クルヴィ司祭が本部へ呼び戻したことから始まる。


「突然呼び戻して済まなかったね」

「それは構いませんが、司祭、その腕はどうされたのですか?」


 任務で急遽呼び戻されることなど日常茶飯事。それよりも、久しぶりに顔を合わせたクルヴィ司祭が、何重にも包帯が巻かれた右腕を吊った姿であったことの方がエキドナにとって驚きであった。立場上、最前線に出向く機会が少ないからというのもあるが、クルヴィ司祭の負傷姿を見たのはこれが初めてだ。


「いやいや、大したことはないんだ。恥ずかしながら、気まぐれに前線に顔を出してみたら野良犬に噛まれてしまってね。じきに完治するから心配無用だよ」


 執務机に座すクルヴィ司祭は、二週間前にルミエール領で右腕を刎ね飛ばされたとは思えぬ好調ぶりで微笑む。事実、包帯の奥には切断されて本来存在しないはずの右腕が確かに存在している。クルヴィ司祭に肉体を再生する術があることを知る者は教団内でも娘のカプノスのみ。包帯を巻いて腕を吊っているのは完全に再生するまで腕の位置を固定する必要があるからなのだが、その姿からエキドナを含め、周囲からは負傷は骨折だと思われている。


「私の事よりも、そろそろ新たな任務について話そうか。これから君にはある人物の護衛をお願いしたい」

「護衛任務ですか?」

「不満かね?」

「いいえ。ただ、暗殺者らしくない任務だなとは思いますが」

「君は正直だね。そういうところを気に入っている」


 少し長い話になるからとクルヴィ司祭は目線で着席を促し、エキドナはソファへと腰掛けた。


「アルカンシエル王国の重要拠点の一つであるファルジュロンや、剣聖フォルス・ルミエールが統べるルミエール領を落としたことで正規部隊は勢いづいている。今後も戦力は出し惜しみせず、精力的に侵攻作戦を実施すべしというのが上層部の意向なのだが、これに伴い、正規部隊の方では本隊以外の戦力が不足気味だそうでね。ある人物を護衛するため暗殺部隊から戦力を融通して欲しいと正規部隊の方から要請があったんだ」


「経緯は理解しましたが、いかに戦力不足とはいえ頭数くらいは足りているでしょう。私が駆り出される程の状況でしょうか?」

「先方ご所望なのは頭数ではなく、重要人物の護衛を任せられるだけの戦闘能力なのだよ。何せ当初は晦冥かいめい騎士を護衛に付ける予定だったようだからね」


 アマルティア教団正規部隊を統括するパギダ司教の直属である晦冥騎士。本来はそれ程の強者を起用する予定だったうえに、最強格のアサシンであるエキドナに専門外な代役なぞ依頼するあたり、教団上層部は護衛対象とやらを随分と重要視しているようだ。


「それ程の大物ということですか。護衛対象は一体何者です?」

「先のルミエール戦で入手した、才覚ある魔術師の娘だよ」


 〇〇〇


「暗殺部隊のエキドナ様ですね。お話しは伺っております」

「あなたがここの責任者か?」

「城の管理人を任されております、レプト・メタメレイアでございます。以後お見知りおきを」


 白髪を結い上げた執事服姿の初老の男性――レプト・メタメレイアが上客であるエキドナをエントランスにて出迎えた。元々は城の所有者であるデクシア卿の臣下のであり、実質的な所有権がアマルティア教団へ移った後も変わらず管理責任者として続投している人物だ。レプト自身がアマルティア教団に入信しているわけではないが、主君たるデクシア卿が誤った選択をすることなどないと盲目的に尽くしており、何の疑いも持たずに日々城の管理に従事しているという。


「早速だが護衛対象は何処に?」

「二階の、かつては奥様の寝室として使用していたお部屋におられます。お会いになられますか?」

「護衛役として顔を見ておくに越したことはないが、興奮して暴れ出したりはしないのか?」


 護衛対象の少女がどういった経緯でこの地まで連れてこられたかはエキドナも聞き及んでいる。当然敵意剥き出しだろうし、着任早々荒事に発展したくないというのがエキドナの本音だ。


「ご心配には及びません。かなりの重症でしたから体への負担も相当だったのでしょう。治療が完了してからもう一週間以上が経過しておりますが、彼女はまだ眠ったままです」


 ならば顔ぐらいは見ておくかとエキドナは短く頷き、レプトの案内に従い、二階奥の湖に面した寝室へと通された。


「……両足を奪われた眠り姫か。とても魅力的な響きだが、現実では悲劇以外の何物でもないな」


 ベッドに横たわる亜麻色の髪をした少女は痩せて肌の血色も良くないが、穏やかな日差しに照らし出された寝顔だけは健やかなものであった。幸いなことに夢の中には彼女に危害を加えるような存在は滞在していないらしい。華奢な体に掛けられた敷布には、本来あるべき太腿ふとももから先の膨らみが存在しない。ルミエール領での戦闘で拉致された際、逃走する術と気概きがいを奪うという、ただそれだけの理由で理不尽に奪われてしまった両足。彼女が目を覚まさない理由は負傷による疲労感だけではなく、辛い現実からの無意識な逃避も含まれているのかもしれない。


「何か仰いましたか?」

「いや、気にしないでくれ。ところで彼女の名は?」

「リス・ラルー・デフォルトゥーヌと申すようです」

「リス・ラルー・デフォルトゥーヌか。美しい響きをしているな」


 思わずそんな本音を発してしまったのは、物語をつづる者としてのさがとしか言いようがない。もちろん、本人はこんな状況で、見ず知らずの敵からこのような言葉を掛けられたところで屈辱しか感じないだろうが。


「この娘、ルミエール領での戦闘で拾ったとの話だったな」

「はい。そのように聞いております」

「成程、我ら暗殺部隊はつくづくルミエール領に縁があるようだ」


 暗殺部隊最強のアサシン、ニュクスは、ソレイユ・ルミエール暗殺を仕損じたことから運命の歯車が狂い始めた。


 間接的な理由ではあるが、ニュクスと恋仲でもあった女性アサシン、ロディアは、ニュクスを退けたソレイユ・ルミエールに執心した結果、身勝手に所属を外れて失踪した。


 王都ビーンシュトック邸での王子暗殺計画失敗は、屋敷に滞在中のソレイユたちの奮戦ぶりに一因がある。


 直近では、普段は前線に姿を現さないクルヴィ司祭がルミエール領の戦いに赴き負傷を伴った。


 偶然と言ってしまえばそれまでだが、暗殺部隊の人間がルミエール領やその関係者に関わるとろくな目に遭っていない。


 自分もあるいは?

 そんな想像が一瞬、暗殺者としてのエキドナではなく、創作者としてのエキドナの頭に浮かんだ。

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