第7話 次世代を担う者達

「お待ちしていました、カジミールさん」

「どうか今日こそ私達のお願いを聞いてください」

「エフィールとミュゲか」


 ビーンシュトック邸本館前で、赤毛の少年とウェーブがかったセミロングの茶髪の少女がカジミールを待ち構えていた。


 少年の名はエフィール・アルミュール。先のルミエール戦で戦死したクラージュ・アルミュールの実弟だ。12歳と若く顔立ちもあどけないが、体格が良く上背がある。同年代だった頃の兄の身長はすでに超えているだろうか。


 少女の名はミュゲ・スプランディッド。クラージュの婚約者で先のルミエール戦で共に戦死したウー・スプランディッドの実妹だ。エフィールより一歳年上の13歳だが、ミュゲは小柄でまだ幼さの印象の方が強い。


 侵攻時には両者とも家族と共にロゼ領へと退避していたため被害を免れていた。

 現在もロゼ領へ身を寄せているのだが、故郷や大切な家族を喪ったことで激情に駆られ、アマルティア教団と戦うために藍閃らんせん騎士団に志願しようと、ロゼ領に残る家族の反対を押し切って王都まで乗り込んできた。騎士団長として藍閃騎士団を統率するカジミールがその気はないと一度は跳ね除けたのだが、二人は懲りずに再度直談判に訪れたようだ。


 なお、ミュゲにはオルタンシアという名の双子の弟がおり、エフィールとも親友同士だ。仲の良い三人の中でオルタンシアだけは王都を訪れず、家族やルミエール領からの避難民と共にロゼ領に留まっている。


「何度来ようとも俺の意見は変わらぬ。お前たちを騎士団に所属させるつもりはない。帰宅の足は手配するから家へ戻れ」

「僕達だってもう子供ではありません。鍛錬だって積んできた。戦場に出る覚悟は出来ています」

「避難先でたた時が過ぎるのを待つなど我慢なりません。どうか私達にも共に戦わせてください」

「ならば問うが、お前たちは何のために戦う?」

「もちろんルミエール領の未来のためです。侵略者の魔手から故郷を取り戻さなくては」

「無念の中散っていた姉さん達のためにも、残された私達が思いを継ぎます」


 エフィールは兄であるクラージュを、ミュゲは姉のウー、長兄のトロン、父親であるアドニスの三人を先の激戦で喪っている。クラージュとウーは何事も無ければ来春には結婚式を挙げるはずだった。幸せな未来を迎えるはずだった兄や姉を、家族となるはずだった義兄や義姉の命を奪われてしまった。故郷を思う気持ちも当然あるだろう、だがそれ以上に、若き闘志の原動力が復讐心であることをカジミールは早々に見抜いていた。


「アマルティア教団との戦いは苛烈を極める。未熟なお前らが戦場に出たところで早々に屍を晒すだけだ。無論、俺達には戦場でお前たちを守る余裕もない」

「戦場に散る覚悟は出来ています。決してご迷惑はお掛けしません」

「私もエフィールと同じ思いです。どうかお願いします。私達も戦わせてください」

「論外だな。そんなものはただの自己満足だ。戦場に散る覚悟など俺は求めていない」

「……自己満足は流石に心外です。ルミエール領や領民のことを思えばこそ、僕らは戦場を、死を恐れない。その覚悟を認めて頂きたい!」


 一歩も引かず、エフィールはカジミールと顔を突き合わせるが、


「それが自己満足だと言っている! 領や領民のことを思うのなら、どうして死に急ぐような選択をする」


 エフィールの胸ぐらをつかみ上げたカジミールが感情的に声を張った。普段は温厚なカジミールの怒声を、エフィールとミュゲはこの時初めて耳にした。


 兄や姉を喪った悲しみも癒えぬ中、未熟の身で血気盛んに戦場へ飛び込もうとする危うい若人を、騎士団長としても人生の先達としても諭さぬわけにいかない。


「お前は今に固執するあまり未来へ目を向けていない。アマルティア教団との戦いに勝利し、ルミエール領を取り戻せばそれで全てが解決するわけではない。むしろルミエール領を取り戻してからが本当の戦いだ。ソレイユ様と共に荒廃したルミエール領を復興せねばならない。その時にお前たちがいなくてどうする」


 此度のアマルティア教団の侵攻によって居住地はもちろん、主要産業であった農業も、農地、人材共に壊滅的な被害を受けた。避難先に定住し故郷に戻らぬ選択をする者もいるだろうし、藍閃騎士団も一から立て直さねばならない。アマルティア教団からルミエール領を取り戻した先の復興もまた険しい道のりとなるだろう。次世代を担う者達なくしてルミエール領の復興は成り立たない。領の未来を思えばこそ、若き命をむざむざ戦場に散らせるわけにはいかない。


「エフィール、クラージュ亡き今、アルミュール家の家督を継ぐのはお前だ。ルミエール家に代々仕えしアルミュールの名は、領家ルミエールと共に領民の精神的支柱となることだろう。その命はお前だけのものではない。お前が自覚している以上に、お前は自分の命に責任を持たねばならない」

「僕の命は、僕だけのものではない、ですか……」


 少なからず、感情だけで動いてしまっていたことは自覚していたのだろう。我に返ったかのようにエフィールは復唱した。早くに父を亡くし、若くしてその後を継いだ兄までもが逝去した。家督を継ぐ者としての教育を受ける時間はごく限られていた。立場ある者としての自覚が足らなかったことを強くは責められない。

 本来は聡明な少年だ。悲劇の直後故に感情が勝ってしまっていたが、頭さえ冷えればカジミールの投げかけた言葉の意味は理解出来る。


「ミュゲ、お前だって自分がルミエール領のために何を成すべきなのか、本当は気づいていたはずだ。オルタンシアはスプランディッド家の次期当主としての自覚を持ってロゼ領に残る選択をしたのだろう。双子のお前に彼の気持ちが理解出来ない筈があるまい」


「……仰る通りです。オルタンシアは己の力量と次期当主としての立場を自覚し大人の選択をしました……大人になりきれない私は口論の末、感情的にロゼを飛び出してきてしまいましたが」


 ルミエール領を離脱した先遣隊は王都へ向かうためにロゼ領を経由した。その際、カジミールはエフィールとミュゲだけではなく、ミュゲの双子の弟オルタンシアとも顔を合わせている。身内の訃報に衝撃を受けながらも、スプランディッド家の人間として精一杯、不安を抱える領民への説明責任を果たす姿には、次代を担う者としての確かな覚悟が感じられた。


 スプランディッド家の当主であった父アドニスは、二人の息子、長兄トロンと次兄オルタンシアに等しく次期当主としての覚悟を解いて来た。その教えと意志はしっかりとオルタンシアへと受け継がれている。順当に行けば次期当主は長兄であるトロンのはずで、オルタンシア自身、まさか本当に当主としての覚悟を問われる時が来るとは夢にも思っていなかっただろうが、現実として父と兄、幸せな結婚を控えていたはずの姉のウーまでもがルミエール領防衛戦で非業の死を遂げた。それは残酷だが変えようのない現実だ。


 立場が人を強くすることもある。辛い現実に打ちのめされながらも、オルタンシアはスプランディッド家の次期当主としての立場から毎日を必死に戦っている。そんな彼の感情を誰よりも理解出来てるのは、双子として生まれながらに強い絆を持つミュゲ以外に有り得ない。圧し掛かる重圧を共に背負える存在が今のオルタンシアには必要なはずだ。


「強い言葉を浴びせてしまったことは謝る。だがな、戦場で剣を振るうことだけが戦いではないのだということだけは理解してほしかったんだ」


 カジミールの真摯な眼差しを、エフィールとミュゲは決して目を逸らさずにしっかりと受け止める。感情的に言葉を発していたこれまでとは違い、二人はカジミールの願いをしっかりと理性で受け止めていた。


「もう一度言う。お前たちは家に戻れ。戻ったら一度、ご家族としっかりお話しをする機会を設けるんだ。そうして冷静に己がどうあるべきなのかを見定めろ。これは騎士団長としての命令だ」

「……騎士団長として、ですか?」

「それでは、私達のことを?」

「死に急ぐなと言っただけで、何も騎士を志すお前たちの感情まで否定したわけではない。動乱の決着は俺らの世代に任せておけ。動乱に終止符を打った暁には、騎士団長として俺が直々にお前たちを鍛え上げてやる」


 騎士団長としての険しい表情が解け、カジミールは一瞬、馴染み深い兄貴分としての笑みを二人へと向けた。強張っていた二人の表情をほぐすかのように、大きな手で二人の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。


「ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。おかげで頭が冷えました」

「私達の軽率な行動をどうかお許しください。戻ったら、オルタンシアやお母様にも心配をかけたことを謝らないと」

「恥じることはない。時には思い悩むことも必要だ。それがきっとお前たちの糧となり、成長へと繋がっていくことだろう」

「はい!」

「はい!」


 力強く頷くと、二人はカジミールが呼び寄せたビーンシュトック邸の使用人の案内へと続いた。今日はもう遅いのでビーンシュトック家の別館で一泊させ、朝一の馬車でロゼ領へと帰らせる手筈だ。


 〇〇〇


「騎士団長としての風格が備わってきましたね」

「ソレイユ様。何時から御覧になっていたのですか?」


 エフィール、ミュゲと入れ替わるようにして、微笑を浮かべたソレイユが本館の庭先から姿を現した。


「最初からです。場合によって助け船を出そうかと思ったのですが、いらぬ心配でしたね。あなたの言葉は私の思いと一致していましたから」

「恐縮です」

「二人を直々に鍛え上げると約束したのです。あなたも、絶対に死んではいけませんよ」

「無論その心構えは忘れぬつもりです。戦場に絶対は有り得ませんが、私とて嘘つきとなることは不本意ですから」


 死ねない理由がまた一つ増えた。騎士団長としての責務はもちろんのこと、二人に命を繋ぐ覚悟を解いた身としても、そう簡単に死んでやるわけにはいかない。

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