第2話 戦力不足

「お疲れ様ですカジミール。ごめんなさい、代理で会議に出席してもらって」

「騎士団長としてこれぐらいは当然の務めです。ソレイユ様は執務でご多忙でしょう。軍務について私に任せ、どうぞ今は領主としてのお役目に集中してください」

「ありがとう」


 アマルティア教団による大規模侵攻から二週間後。王都サントルのビーンシュトック邸内に設けられたソレイユ・ルミエールの執務室を、王国騎士団本部から戻ったカジミールが訪れた。ソレイユは先の激闘で負傷した左腕を吊っており、右手一本で忙しく執務をこなしている。


 アマルティア教団の侵攻に際するルミエール防衛戦で殉死じゅんしした領主フォルス・ルミエールきょうに代わり、現在は嫡女ちゃくじょのソレイユ・ルミエールが領主代行として日々、事後対応に奔走している。

 ソレイユが涙を見せたのはルミエール領離脱直後のたった一度だけ。以降は涙一つ見せずに気丈に振る舞っている。多忙で感情を誤魔化している部分もあるだろうが、民を導く領主としての立場と矜持きょうじが、何よりも彼女を支えているのだろう。


 多忙を極める現在、それまでソレイユが出席していた王国騎士団本部で行われている定例会議には、藍閃らんせん騎士団団長の任命を受けたカジミール・シャミナードが代理で出席し、王国騎士団とソレイユとを繋いでいる。


 先のアマルティア教団の侵攻によりルミエール領は甚大な被害を受け陥落。現在ルミエール領はアマルティア教団に掌握されている。


 戦況不利を悟ったフォルス・ルミエールの判断により早期から住民の領外避難が行われ、領陥落までの間に住民の9割強を領外へ避難させることに成功。しかし、四柱の災厄の三柱が投入されるという前代未聞の大規模侵攻が発生したことで以降は領外への退避が困難となり、領主町リアンから逃げ遅れた領民百数名、防衛に当たっていた領主フォルス・ルミエール、騎士団長レミー・ドラクロワを含む藍閃騎士団やルミエール邸関係者ら約80名。救援に参じたソレイユ・ルミエール率いる先遣隊からもクラージュ・アルミュール、ウー・スプランディッドを含めた22名の戦死者、アマルティア教団に拉致されたと思われるリス・ラルー・デフォルトゥーヌら数名の行方不明者が出た。死者行方不明者数は判明しているだけで200名を超えている。


 領の陥落という最悪の結末とはいえ、人的被害に関しては侵攻の規模を考えれば奇跡的な数字。民と故郷を守り抜くべく最期まで奮起した藍閃騎士団の武功も広く知れ渡り、王国騎士団内や世論からも評価や同情の声こそ聞かれど、批判的な意見はほとんど聞かれない。

 王国騎士団に関してはアマルティア教団の標的を見誤り、ルミエール領に大規模な派兵を行わなかったという負い目もあるのだろう。もっとも、対策会議時点での判断は情勢を鑑みれば適切であり、その件については当事者たるソレイユらルミエール領関係者も理解を示している。


「ルミエール領を脱出した領民の受け入れは一通り終了しました。民たちには慣れない土地での生活で苦労をかけてしまうわね。オッフェンバック卿やヴェルテュ卿にも改めてお礼に伺わないと」

「ソレイユ様の御心は領民たちに伝わっておりますよ。あくまでも避難は一時的なもの。遠からず侵略者たちからルミエールの地を取り戻し、一丸となって領の再建を果たしていきましょう」


 王都や近隣地域からの支援により、ルミエール領からの避難民は商業都市グロワール、ロゼ領の領主町オヴァール、王都サントルの三地域による受け入れが決定、今朝方に避難民を乗せた最後の馬車がサントルに到着したことで領民の避難は一通り終了した。


 避難の長期化は避けたいが、ルミエール領に常駐するアマルティア教団側の戦力は相当数が今も健在で、ルミエール領奪還の見通しは立っていない。

 ルミエール領以外でもアルカンシエル王国内では深刻な事態が発生しており、現在はそちらへの対処が優先されている。


「ファルジュロンの方は今どうなっていますか?」

「変わらずの膠着こうちゃく状態です。教団側はルミエール領を越える大規模な戦力を常駐させ、その中には灰燼王かいじんおうラヴァも含まれているようです」

「ラヴァを攻略しないことにはファルジュロン奪還は果たせないということですね」

「歯がゆいです」


 アマルティア教団によるアルカンシエル王国東西南北の要所への同時多発的侵攻で陥落したのは北部ルミエール領だけではない。南部ゼニチュ領の中核を担う、新兵器開発のための工房が多く連なる鉱山都市ファルジュロンもまた、ルミエール領陥落の翌日に陥落した。


 アマルティア教団はファルジュロン攻略に灰燼王ラヴァを筆頭とする最大級の戦力を投入しており、第一次侵攻でファルジュロンは甚大な被害を受けた。

 ルミエール領の善戦により、灰燼王ラヴァが一時的にルミエール侵攻へと参戦しファルジュロンを離脱。この好機に王都からの援軍の到着も重なり、ファルジュロンは戦線を大きく押し戻すことに成功したが、ルミエール領陥落に伴い、再びファルジュロンへと舞い戻った灰燼王ラヴァと、増援として出現した四柱の災厄が一柱――凶星タナトスの参戦により戦況は再び覆され、王都からの援軍は壊滅。指揮を執っていたアルカンシエル王国騎士団幹部のレオポルド・カンデラも壮絶な戦死を遂げた。


 アルカンシエル王国騎士団団長ブノワ・アンゲルブレシュトが指揮を執った東部エヴァンタイユ戦及び、フォンタイン王国海軍との挟撃に成功した西部プラージュ港戦では勝利を納めたものの、アマルティア教団が投入した戦力はファルジュロンやルミエールに比べると小規模で、元よりこの二ヶ所は本命を絞らせないための陽動だった可能性が高い。事実、この二つの戦場にはアマルティア教団が誇る最大戦力である四柱の災厄が一柱たりとも投入されていない。

 

 現在、王国騎士団を中心とした連合軍はゼニチュ領ファルジュロン奪還のため連日作戦会議を続けている。会議の中心メンバーには王国騎士団団長のブノワ・アンゲルブレシュトに加え、ルミエール領で灰燼王ラヴァと直接相まみえた、シュトルム帝国から出向しているアイゼンリッターオルデン団長、ゾフィー・シュバインシュタイガー、黒騎士の異名を取る帝国最強の騎士、ベルンハルト・ユングニッケルらが名を連ねている。


 国内最大規模の工房を有す武装生産の要であるファルジュロンが抑えられことで今後、武装の補給に問題が生じる可能性がある。団側に技術が流出する可能性も懸念されており、ファルジュロン奪還は急務だ。


 藍閃騎士団団長であるカジミールもソレイユの代理として会議に名を連ねているものの、現在ソレイユらルミエール領関係者がファルジュロン攻略戦に参加する予定はない。ルミエール領陥落に伴う領主代行としての業務による多忙に加え、多くの大切な臣下を喪い、生還者にも重傷者は少なくない。先遣隊が解散し、それぞれの隊が元の配置へと戻った今、ソレイユの陣営は深刻な戦力不足に陥っている。


 藍閃騎士団本隊が壊滅し、騎士団で生き残ったのは大規模侵攻時には避難民の護衛のためにリアンの町を離れており、後にソレイユ率いる先遣隊へと合流したカジミール・シャミナード、ゼナイド・ジルベルスタイン両名と数名の部下(カジミールの部下であったジャメルとダリウスはルミエール邸での凶星タナトスとの戦いで戦死している)。ルミエール邸の戦いで重症を負いながらも奇跡的に生還した新人騎士のジョエルのみ。


 騎士団以外の戦力ではソレイユが雇用している槍使いの傭兵ファルコ。先遣隊に参加したジルベール傭兵団の生き残りである弓兵ロブソン・ロ・ビアンコも、傭兵として正式にソレイユと契約を結び、戦力として加入した。先の戦いでアマルティア教団に拉致された同僚のイルマ・レイストロームの救出を願っており、傭兵として個人で動くよりも知己であるファルコと共に、ソレイユ陣営に加わった方がその可能性が高いと判断したようだ。


「今日はニュクスは?」

「いえ、私の方では姿は見ておりませんが」


 そしてもう一人。元はソレイユの命を狙ってルミエール領へとやって来た異端の存在でありながらも、紆余曲折を経て彼女と共に戦場を駈けて来た灰髪の暗殺者ニュクス。彼が戦力として再起出来るかの見通しは立っていない。右目を失う重症を負ったことは元より、何よりも精神面で彼は大きく疲弊していた。


 本人が多くを語らないのでソレイユも断片的にしか状況を把握しきれていないが、少なくともニュクスは負傷を理由に戦意を喪失するような人間ではないと確信している。先の激戦の中で、何か彼の根幹を揺るがすような大きな出来事があったのだろう。イリスを救うために教団関係者に反旗を翻したことも無関係とはいえまい。


「何があったかは分かりませんが、今の彼は完全に生気が抜け落ちている。酷な言い方ですが、戦線復帰は難しいように思えます」

「……確かに、彼は大きく変わってしまいましたね」


 王都へ戻って以降、ソレイユは多忙を極め、ニュクスも負傷の治療を終えてからは仮住まいに籠りがち。お互いに久しく顔を合わせていない状況が続いている。


 ニュクスが事実上アマルティア教団を離反したことは間違いない。教団の命に従う必要が無くなった以上、もはやニュクスにソレイユの命を狙う理由もない。即ち、ソレイユを殺すまでの間ニュクスは戦力として力を貸すという、二人の間で交わされた契約そのものが成立しなくなっともいえる。ニュクスが今後の身の振り方をどう考えているのか、一度はっきりさせる必要があるだろう。


「午後の会議の後は少し時間がありましたね。ニュクスの家に顔を出してきます」

「ソレイユ様がそこまでなされる必要がありますか?」


 気丈に執務へ打ち込んでいるが、多くの大切な人達と故郷を失ったソレイユの心労は相当なもののはず。ソレイユの性格は理解しながらも、貴重な空き時間くらいはご自愛してほしいというのが騎士団長としてのカジミールの率直な思いであった。


「出会いの形こそ物騒ではありましたが、彼に契約を持ちかけたのは他ならぬ私です。私には彼に対して責任がありますから」

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