五章 捲土重来 ケンドチョウライ

第1話 一途な乙女

「大分遅れちゃったな」


 商業都市グロワールの大通りには、私情でアマルティア教団暗殺部隊を離脱した女性アサシン――ロディアの姿があった。黒いノースリーブのブラウスと黒いフリルスカート、黒いニ―ソックスに黒いロングブーツを合わせた黒一色のスタイルに、赤いリボンタイが差し色として映えている。

 普段は下ろしている艶やかな黒髪をこの日はお団子にまとめており、普段よりも軽快な印象だ。


 天性の美貌と珍しい紅玉色の瞳の存在感は抜群で、男女を問わず、すれ違い様に思わずロディアを二度見してしまう者も少なくない。

 異性からは恋情を、同性からは羨望の眼差しが向けられている。可憐な容姿に反し、彼女が動作一つで容易く人を殺せる非情なアサシンであると見抜けた者は、往来の中に一人もいないだろう。


「まだこの街に居るといいんだけど」


 アルカンシエル王国の東西南北の要所に対する、アマルティア教団の同時多発的な侵攻発生に伴い、愛するニュクスは憎きソレイユ・ルミエールと共に、先遣隊という名目で危機的状況にあるルミエール領へと出兵。

 道中でグロワール入りしたという情報を耳にし、愛するニュクスともう一度話がしたいという思いでロディアもグロワールを目指したのだが、情報を得た時点では遠方にいたこともあり、ニュクスら先遣隊からかなり遅れてのグロワール入りとなってしまった。


 当然、先遣隊はすでにグロワールを発っており、ルミエール領での激戦も数日前に終結。邪神に次ぐ脅威とされる四柱よんはしらの災厄のうち、三柱が導入されたルミエール戦は苛烈を極め、ソレイユ・ルミエール率いる先遣隊は少数精鋭で善戦するも、戦況悪化により敗走を余儀なくされた。


 商業都市グロワールはルミエール領に近く、先の竜撃解決に貢献したソレイユ・ルミエールと関係の深い街だ。ルミエール領から離脱した先遣隊がグロワールに身を寄せている可能性は高く、あわよくばニュクスと接触出来ないかとロディアは期待していた。感情的に動くタイプのロディアには個人での情報収集や探索能力は皆無。アマルティア教団暗殺部隊という後ろ盾を失った今、想い人一人を捜すのも難儀だ。


「そこの衛兵さん。聞きたいことがあるんだけど?」


 闇雲に探していてもらちが明かない。ロディアは目の合った警邏けいら中の衛兵に気さくに声をかけた。


「何かお困りごとですか?」


 若い衛兵がロディアの下へと駆け寄った。治安維持はもちろんのこと、道に迷った旅人の誘導なども衛兵の重要な仕事の一つだ。


「ルミエール領での戦いに参加した先遣隊はいる?」

「先遣隊ですか?」

「恋人が参加しているから状況が気になるの」


 この発言に嘘はない。だからこそ衛兵もほとんど警戒していない。


「その、恋人というのは?」

「イ――じゃなかった、ニュクスって名前。珍しい灰色の髪をしているからけっこう目立つと思うんだけど」

「おや、ニュクスさんの恋人でございましたか。混乱故に情報の伝達も上手くいかぬ現状、さぞ不安だったことでしょう」

「ニュクスを知っているの?」

「ええ、先の竜撃の際には大変お世話になりました」


 ニュクスという個人名が現れたことで若き衛兵――マクシミリアン・コンパネーズが表情を綻ばせた。情報が混乱していることもありここ数日、ロディアに限らず先遣隊やルミエール領の関係者が知人の安否確認のために続々とグロワールの街を訪れており、ロディアのような質問は決して珍しいものではなかった。


「残念ながらニュクスさんはグロワールには滞在しておりません。先遣隊の本隊はロゼ領へと離脱した後、王都サントルへ向かったと聞いております」

「そっか。宛てが外れちゃったな……早くニュクスに会いたいよ」

「心中、お察しいたします」


 ニュクス個人の訃報こそ聞こえては来ないが、此度の激戦は先遣隊にも多くの死傷者を出したと聞いている。状況にはマクシミリアンも不安を覚えずにはいれなかった。恋仲ならば心労も相当だろうと、マクシミリアンはロディアに同情を寄せた。


 しかし、精神構造の違い故に無理もない話しだが、マクシミリアンの同情はロディアにとっては的外れなものだった。ロディアニュクスの安否を不安視などしていない。彼の強さは誰よりも理解している。言葉の通り、今この場で会えなかったことが残念だっただけだ。


「色々教えてくれてありがとうね、衛兵さん」


 気難しいロディアではあるが、ニュクスに絡んだ話に限ってはとても素直だ。マクシミリアンに感謝の言葉を伝えるときびすを返し、グロワールの雑踏の中へ消えていった。


「本当にニュクスさんのことが大好きなんだな。ニュクスさん、無事だといいけど」


 後ろ姿が見えなくなったところで、マクシミリアンは衛兵として再び警邏の仕事へと戻った。

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