第48話 死線連火

「あれだけの使い手が妖刀に加えてベルセルクルコアまで。厄介極まりない」

「あの様子じゃ、毒物も大して効いていなそうだな」

「純粋な剣技で切り伏せる他ないということですね」


 ベルセルクルコアの発動と同時に、ゼウスは滴り落ちる眼窩がんかからの流血が治まっていた。ベルセルクルコアの獣性がもたらす生命力が、毒の作用を中和しているのだろう。完全に解毒したわけではないにしても、ベルセルクルコアが発動限界を迎えるまでの間は毒の効果は望めない。


「死ぬなよ、お嬢さん」

「あなたの方こそ、死角はしっかりと意識していてくださいね」


 元より一撃必殺級の攻撃力を持つ使い手が、一時的にとはいえベルセルクルコアの発動によって、強靭な生命力とこれまで以上の身体能力を得た。今この瞬間からパーティホール内はこれまで以上の死線と化す。次から次へと死線が烈火の如く襲い掛かって来る状況はさながら死線しせん連火れんがだ。

 負傷の少ないソレイユはまだしも、ニュクスは右目を失ったばかりで、これまでは存在しなかった死角を新たに抱えたことになる。一瞬の判断ミスが命取りとなることだろう。


「来るぞ!」

 

 獣の如く唸り声を上げたゼウスが仕掛けた。狙いはニュクス、それも右側から仕掛けてくるつもりのようだ。理性が低下し本能的に行動しようとも、獲物の死角から攻めることは獣の本能の範疇はんちゅうということなのだろう。視覚を庇うように、ニュクスはゼウスを常に正面に捉えるよう意識して動く。ゼウスの振り下ろして来たシミターを、軽快なサイドステップで左方向へと回避するが、


「おわっ!」


 直撃はしなかったものの、シミターの刀身が床面へと接触した瞬間、ベルセルクルコアの生み出す圧倒的なパワーと妖刀による剣圧増幅により発生した衝撃波がニュクスの下へ襲来。真横から足首付近に衝撃波を受け、バランスを崩し転倒しかける。

 恐るべき速度で真正面に迫ったゼウスが鼻息荒く、ニュクスを両断すべくシミターを薙ぐ。体勢が悪く回避は間に合わないと判断し、ニュクスは咄嗟にクロスさせたククリナイフでのガードを選択。


「くそっ、重い……」


 刃と刃が接触した瞬間、剣圧による凄まじい衝撃波がニュクスへ襲い掛かる。衝撃は筋肉を突破し、内蔵に対してまるで直接素手で殴りつけたかのようなダメージを与える。臓腑ぞうふの揺れにたまらず吐血、足元の踏ん張りも耐え切れなくなり、体を大きく吹き飛ばされてしまった。勢いそのままにパーティホールの壁面へと衝突、壁面がひびれ、脱力したニュクスと共に破片が崩れ落ちていく。


 しかし、攻撃の瞬間は戦闘中最大の隙の一つでもある。ゼウスがニュクスに仕掛けた隙を突き、ソレイユが背後からタルワールで刺突。闘争本能に支配されているが故に防御行動を取りにくいというベルセルクルコアの特徴に漏れず、ソレイユの刺突はゼウスの肉体を捉え、背後から腹部の右側を刺し貫いた。本当ならニュクスがダメージを受ける前に仕掛けたかったのだが、ベルセルクルコアを発動させた敵と戦うのはこれが初めてだったこともあり、即座に速度へ付いていけず、出遅れてしまった。


「これはニュクスの分です!」


 ソレイユは刺突したタルワールで容赦なく切り進め、タルワールの刀身は出血を纏いながらゼウスの右脇腹から抜けた。腹部の右半分を大きく裂かれれば本来は致命傷だが、


「……恐ろしい生命力です」


 吠えるゼウスは腹部を裂かれた痛みに怯まず即、身をひるがえし、ソレイユ目掛けてシミターで薙いだ。ソレイユが咄嗟に、仰け反りながら姿勢を低くすることで回避。鼻先擦れ擦れを斬撃が通過していき、揺らいだ髪が数本持っていかれた。

 休む間もなくゼウスは追撃。体勢の悪いソレイユ目掛けてシミターを突き立てようと、猛獣の如く飛びかかったが、


「……やらせるかよ」


 負傷の痛みを獣性ではなく精神力で抑え込むニュクスが、滞空のゼウスに背後から飛びかかり背中に二本のククリナイフを突き立てた。そのまま肩甲骨に沿うように上方へと切り上げ、両翼のように血液を吹き上がらせる。この一撃は流石にこたえたようで、ゼウスの体は空中でバランスを崩し、着地地点がずれる。ソレイユに凶刃は及ばなかった。

 

「一気に仕掛けますよ!」

「……言われなくとも!」


 ベルセルクルコアを発動しているとはいえ、肉体限界が存在しないわけではない。腹部と背面の傷は確実にダメージを与えている。それを証明するかのように、着地直後のゼウスは一度確かに膝をついた。


 強靭な生命力に負傷の深度を誤魔化されては厄介だ。攻め立てるならば今しかない。


 右方からソレイユが、左方からニュクスがゼウス目掛けて仕掛ける。

 初撃としてニュクスが牽制にダガーナイフを三本を投擲とうてき。ゼウスはその攻撃を獣のように荒々しく、裂傷をいとわず左手で強引に叩き落とした。ほぼ同時に右側面からソレイユが右手のタルワールで薙ぐが、刀身はゼウスが逆手で立てたシミターに防がれてしまう。接触の瞬間、剣圧によるカウンターの衝撃がソレイユに襲い掛かるが、衝撃の勢いを耐え抜こうとタルワールのみねに左前腕を押し当てその場で耐え忍ぶ。衝撃で左腕の骨にひびの入った感覚が響き、臓腑ぞうふを揺らされる不快感に襲われるもソレイユは決して引かず、密着状態で剣圧の衝撃をやり過ごす。攻めからなので耐え凌ぐことが出来た。ニュクスの時のように受けからならば、ソレイユの細身な体躯たいくでは耐え切れなかったであろう。

 ソレイユの生み出した好機を見逃さず、ニュクスが二刀のククリナイフで左側面から斬りかかる。ソレイユとの密着により即座に動けぬゼウスは、致命傷を避けるべく左腕を盾として差し出す。二刀のククリナイフが接触し、ゼウスの左上腕部を斬り進めていくが、


「おいおい」


 ククリナイフが肉と骨に達した瞬間にゼウスは剛腕を振るい、ニュクスのバランスを崩させ前傾姿勢にさせた。ここで引いてはいけないと、ニュクスも力を弱めず最後まで斬り進め、ゼウスの左上腕を完全に切断。赤色をぶち負けながらゼウスの左手が宙を舞う。これで大幅にゼウスの攻撃力を削ぐことが出来たと思われたが、


「こいつ――っあがああああああ!」


 片腕を落とされても決して怯まず、ゼウスはバランスを崩したニュクスの右の首筋へと躊躇ちゅうちょなく噛みついた。敏感に危機を感じ取り、首を動かしたことで動脈への直撃は回避したが、獣性を発揮した強靭な顎の力で皮と肉を一部噛み切られてしまった。

 しかし、密着状態はこちらにとっても好機。激痛に顔を歪めながらもニュクスも攻撃の手を緩めない。右手のククリナイフでゼウスの右太腿みぎふとももを突き、同時に右つま先の仕込み刃で足首付近にも裂傷を刻む。

 いかに獣性が痛覚を凌駕りょうがしていようとも、脚部を負傷すれば構造的に肉体に差し支える。太腿からククリナイフが引き抜かれた瞬間、ゼウスはたまらず膝をついた。これによりシミターに込められていた力も緩み、ソレイユとの拮抗上体が解かれた。ソレイユに自由に動き回れる余裕が生じる。


 それでもゼウスが怯んだのは一瞬のこと。

 ニュクスに斬りかかろうと再起し、一際大きな咆哮ほうこうを上げたが、


「そろそろ終わりにしましょう」


 後方に回り込んだソレイユが跳躍ちょうやく、背面からタルワールでゼウスの目掛けて刺突、体重の乗った一撃にゼウスはたまらず押し倒され、その体は床ごとタルワールに刺し貫かれ、床へと体が固定される。刺し貫くと同時にソレイユは跳躍でニュクスの下まで離脱した。

 ゼウスはシミターを握ったまま、片腕立て伏せの要領で体を持ち上げ、体を貫通したタルワールの刀身を床から引き抜こうと試みるが、


「お嬢さん!」

「同時に行きますよ!」


 ニュクスがソレイユの右手にククリナイフを一本預け、両者同時にゼウス目掛けて真正面から一気に仕掛ける。


 エビ反りとなったゼウスが床から刀身を引き抜き、上体を起こしたその瞬間、


 右側からソレイユが、左側からニュクスが同時に振るったククリナイフがゼウスの首へと直撃、一瞬でね飛ばした。首を刎ねられて死なない生物などいないはず。二人は勝利を確信したが、


「なっ!」


 首を刎ねられた直後、ベルセルクルコアのもたらす驚異的な生命力により、ゼウスの体は止まらずに最後の行動を実行。頭部を失ったまま、全力で右手のシミターを振り抜いた。狙いは右目が死角となっており一瞬反応が遅れたニュクスだ。刀身がニュクスの首目掛けて振るわれるが、


「ニュクス!」


 咄嗟にソレイユがニュクスを押し倒す形で緊急回避。シミターの刀身は倒れ込むソレイユの背中の擦れ擦れを通過していった。通り過ぎざまに発生した斬撃がソレイユの背中を裂いて行ったが、致命傷に至る程の深い傷ではない。

 最期の攻撃を終え、肉体限界を迎えたゼウスの体は今度こそ生命機能を停止。僅かな痙攣けいれんを残しながら膝をつき、そのまま突っ伏すようにして倒れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る