第46話 藍閃騎士団団長

「ドラクロワ団長……」

「……カジミールか……よくぞ舞い戻ってくれた……」


 地下倉庫の壁面に背中を預ける藍閃らんせん騎士団団長レミー・ドラクロワは、生きているのが不思議なレベルの満身まんしん創痍そういであった。左腕は肘から先が存在せず、顔も左目を刃物傷で深くえぐられている。腹部の傷は特に深く、臓腑ぞうふごと背骨近くまで斬り付けられていると思われる。声を発することはもちろん、意識を保っているのさえも奇跡的なレベルだ。

 これらの負傷は晦冥かいめい騎士きしらと共に屋敷の守りを突破してきた四柱の災厄が一柱、凶星タナトスとの戦闘で負ったものだ。最期の瞬間まで戦い続け、戦場で散ることが騎士の本懐と考えて来たが、主君たるフォルスの生涯最後の命に応えるためにも、恥じをしのんで地下へと離脱。次代を担う者に未来を託すべく、精神力だけでここまで意識を繋ぎ留めて来た。

 まだ当人には明かしていないが、後継者として次期藍閃騎士団団長に推薦するつもりだったカジミールがこうして目の前へ現れたことは、ドラクロワ団長にとって僥倖ぎょうこうであった。


「……カジミールよ……君にこれを……託す……」


 ドラクロワ団長は弱々しい左手で懐から必死に、一冊の黒い皮表紙の手帳を取り出し、カジミールへと手渡した。


「この手帳は?」

「……フォルス様の記した……ものだ……ソレイユ様に……お渡し……そこには……教団がルミエール領を狙った……理由についても……書かれて……いる」


 アマルティア教団がルミエール領を狙った理由については、剣聖けんせいうたわれたフォルス・ルミエールを殺害することでアルカンシエル王国内に大きな混乱を与えることや、商業都市グロワールや名馬の生育地として名高いロゼ領に近い立地故に前線基地として旨味があること等が考えられてきた。

 確かにアマルティア教団の狙いにはそれらも含まれているが、ルミエール領に大規模な戦力を送り込んだ最大の理由が別に存在する。


 500年前の大戦時、邪神ティモリアに最後の一撃を加えたのは『英雄えいゆう騎士きし』アブニールではなく、『藍閃らんせん剣姫けんき』アルジャンテと『宵闇よいやみ双剣そうけん使つかい』ソフォスの二人だったとされ、その際にアルジャンテが愛用していた刀剣は、500年が経過した今でも朽ちることなく現存しているとされる。『戦塵せんじんはらいし疾風しっぷう』アークイラや、『氷海ひょうかいしろ騎士きし』ヴァイスが愛用していた武器も現存している以上、それは決して不思議な話ではない。

 アルジャンテの刀剣は邪神を切り裂き、凄まじい魔力を有する返り血を刀身に帯びたことでよりその性能を高めたと考えられる。一度邪神の封印を成した伝承の武器の存在は、邪教アマルティア教団にとっては何よりの脅威。

 そのため教団は、アルジャンテの系譜けいふが代々治めしルミエール領に大規模な戦力を投入し制圧。領地ごとアルジャンテの刀剣を手中に収めようと画策したのである。土地ごと押さえてしまえば、時間をかけてゆっくりと刀剣の在処を探索することが出来る。


 領主フォルスの首は討ち取られ、最終防衛拠点だったルミエール邸も陥落。ソレイユ率いる先遣隊による戦闘はまだ継続しているが、王都からの増援も直ぐには望めぬ現状で戦況を引っくり返すことは不可能だ。

 ルミエール侵攻はアマルティア教団の大勝。しかしそれは戦に限っただけの話。少なくともアマルティア教団側は、本来の目的であったアルジャンテの刀剣の取得を果たすことは出来ない。


 アルジャンテの刀剣は、それを狙う勢力の出現を想定した危機管理の一環として、数代前に別の土地へと移されている。その秘密は領主の座を継承する際に代々受け継がれるもの。故に、今日に至るまでその事実が外部に漏れることは無かった。


 領内を戦場としてしまい、一般市民にも甚大なる被害が及んだ時点で勝利など存在しないが、アマルティア教団の本来の目的を防いだという意味では一矢報いることには成功したと言える。もっとも、アマルティア教団側がそのことを知るのはまだしばらく先のこととなるだろうが。


「……ソレイユ様と共に……絶対に……生き延びよ……さすればその手記が……未来へと……導い――」

「団長!」


 ドラクロワ団長が激しく吐血。止めどない腹部から出血もとうに致死量を超えている。カジミールに未来を託したことで、緊張の糸が切れてしまった影響も大きいだろう。


「……レミー・ドラクロワの名を持って……君を騎士……団長へと……任命する……ソレイユ様と……共に……ルミエール……未来――」


 騎士団長としての最後の務め。任命責任を果たすと同時に、レミー・ドラクロワ藍閃騎士団前団長は事切れた。


「……たとえ此度の戦を敗走したとしても、必ずや藍閃騎士団を再起させ、我らが故郷を取り戻すと強く誓います。無論、その先にあるルミエール領の再興も……どうか見守っていてください」


 藍閃騎士団真団長の責務は24歳の青年に対してあまりにも重いものだが、カジミールは決して取り乱すような真似はせず、静かに力強く頷き、その任を拝命する。

 ドラクロワ前団長の目を伏せてやると、近くに丸まっていた備品の敷布をリュカと二人で、そっと亡骸へと掛けてやった。

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