第45話 熱量
地下倉庫内には黒いローブを
「……リュカ、ディディエ、リディアーナ。お前たちは教団の戦闘員を排除しつつ生存者を捜せ。あの青いローブの相手は俺がする。万が一俺が敗北した際は、ソレイユ様に合流して即座に屋敷を離脱しろ」
「隊長、ご武運を」
地下倉庫内は広く、隠れるスペースも多く存在している。殺戮を免れた住民がどこかに息を潜めているやもしれない。救出は信頼する部下達へ託し、カジミールは腰に携帯しているメイスを静かに抜いた。
「その場を動かないということは、素直に俺との一騎打ちに応じてくれるようだな」
「踏み込んできた者達の中で、貴殿が一番の使い手と見て取れた。貴殿さえ潰せば、他は何時でも排除出来るだろうと思ってな」
「その台詞、そっくりそのまま貴様に返すぞ。一番の脅威たる貴様の方こそ迅速に排除してくれる」
「自信過剰だな。先んじて刃を交えた貴殿の同胞らは退屈しのぎにもならなかったぞ?」
「自信過剰なのはどちらの方か、戦えばすぐに分かるさ」
挑発には乗らず、カジミールはあくまでも冷静に反応を示す。
守るべき民を守り切れなかった。忠義を尽くす主君の命も目の前で奪われた。後悔が次から次へと湧き上がってくるが、それを決して戦場で冷静さを欠く理由としてはいけない。内に複雑な感情を秘めながら、いざ戦闘となれば即座に感情を切り替え、目の前の敵や、時には己の命にさえも冷徹になれる。それこそがカジミールが時期騎士団長としてドラクロワ団長から高く評価されている点でもある。こと戦場において、騎士カジミール・シャミナードは死の瞬間まで冷静であり続けることが出来る男だ。
「始める前に一応名乗っておこう。
「ルミエールの騎士、カジミール・シャミナードだ。参る!」
どちらからでもなく同時に駆け出し中心で接触。
晦冥騎士の赤いバトルアックスとカジミールのメイスが鈍く重厚な音を立て、両者、
「むっ?」
不意にメイスの柄に伝わって来た熱感を嫌ったカジミールは
「良い判断だ。大概の者は判断が遅れて、武器その物を手放してしまうのだがな」
勘のいいカジミールに感心しながら、晦冥騎士は得物のバトルアックスを危なげなく手元で回して見せる。その刃は発熱によって一層赤くなっており、熱量から煙が立ち上っていた。
晦冥騎士のバトルアックスの刀身は発熱によって対象を焼き切る力を持つ。人体を易々と斬り進めて断面を焼き塞ぐことはもちろん、金属製の武器と接触すればその熱量によって戦闘相手の武器をも加熱、握っていることもままならず、咄嗟に武器を手放し弱体化してしまうことも少なくない。
武器で防ぎ続ければ熱で武器の扱いが辛くなる。回避に重点を置こうとも、肉を焼き切る一撃の破壊力により晦冥騎士には大きなアドバンテージが生まれる。刀身が加熱されるというシンプルな能力ながら、晦冥騎士自身の戦闘能力も相まって非常に厄介な戦術に仕上がっている。
弓矢や魔術で遠距離から狙えるならともかく、近接戦闘主体のカジミールではどうしたって晦冥騎士との接触は避けて通れない。おまけにカジミールの装備は身軽さを重視した軽量鎧だ。決して相性はよくないが、この世に無敵など存在しないというのがカジミールの持論だ。きっとどこかに付け入る隙はあるはず。
思考の間にも、晦冥騎士は攻撃の手を緩めてはくれない。カジミールが消極的になっていると見越し、より多くの熱量を撃ち込めるように手数で攻めていく。武器の加熱を嫌ったカジミールは受けるのではなく、弾くことを意識して晦冥騎士のバトルアックスへと対処していく。これよりに、カジミールのメイスが含む熱は最小限に留められている。
「なかなかやる。だが、これならどうだ?」
「二本目か」
晦冥騎士が懐から二本目の赤いバトルアックスを抜き、倍の手数でカジミールへと斬りかかっていく。メイスだけでは厳しく、カジミールは左腕に装備したバックラーも防御に回し始めた。腕に直接括りつけている盾に熱を持たせたくないので、これまでは使用してこなったが、相手の手数が増えた以上は仕方がない。
加熱されたバックラーの熱が、腕にも伝わり始める。いよいよ装備しているのが辛くなってきたら破棄も考えなくてはいけないが、
――まてよ? この状況、あるいは。
妙案が浮かび、カジミールはメイスでの防御を最小限に留め、バックラーでバトルアックスを受ける回数を増やしていく。熱は腕にも伝導してくるが、まだ耐えられないレベルではない。
「防戦一方とは、とんだ期待外れだな」
「そいつはどうかな?」
それなりの熱をため込んだ。そろそろ仕掛けてもよいころだろう。
カジミールは晦冥騎士が左手で振り下ろして来た熱を持つバトルアックスをメイスで弾き上げる。続けて水平方向から迫った右のバトルアックスを、カジミールはあえて攻撃的に前へと踏み出しバックラーで迎え撃った。狙いはバトルアックスの刃を受け止めることではなく、熱せられたバックラーを凶器として、バトルアックスを握る腕そのものを殴りつけることだ。
「がっ! ぬおおおお――」
狙いは的中。熱せられたバトルアックスの刃がカジミールの肉体へと届くよりも前に、晦冥騎士の右前腕へと高温のバックラーの表面が接触。熱傷に耐え切れず晦冥騎士は右手のバトルアックスを手放してしまった。熱を持つ武器を扱うからといって、使い手自身も熱に強いかどうかはまた別問題だ。
盾の内側とはいえ、カジミールの左腕もそれ相応の熱傷を負っている。にも関わらず、息一つ乱さずに全力で殴りつける芸当は、カジミールの精神力あってこそのものだろう。
「遅い!」
「がああああああ――」
殺傷力はメイスより上と考え、カジミールは即座に右手のメイスを手放し、晦冥騎士が手放し落下中だったバトルアックスの使用を考える。床へ落下する直前の柄を左足で上方へと蹴り上げ、空いた右手で器用に逆手でキャッチ。即座に振り抜き、バトルアックスを握る晦冥騎士の左手を手首の位置で切り落としてやった。勢いをつけるには距離が短いが、高温に熱された刃のおかげで人体がバターの如く軽々と裂けていった。
熱傷の痛みに怯まずに即座に行動していたなら、晦冥騎士の側にもまだ勝機はあっただろうが、痛覚が完全に思考を遮断。あらゆる行動を遅らせてしまい、その隙を突かれてさらなる激痛に見舞われるという救いようのない事態を招いた。そういう意味では勝敗を分けたのは、精神の強靭さであったといっても過言ではないだろう。
「安心しろ。俺には相手をいたぶるような趣味はない。殺す時は一瞬だ――」
「待っ――」
「時間が勿体ないからな」
順手に持ち替えたバトルアックスを、カジミールは容赦なく晦冥騎士の顔面へと向ける。熱による圧倒的な切断力は、防衛本能で晦冥騎士が咄嗟に翳した右の掌ごと晦冥騎士の顔面を一撃。断末魔を上げさせる権利さえもはく奪し、一瞬で殺害してみせた。
「貴重な素材だ。せっかくだから貰っていくぞ」
物言わぬ屍と化した晦冥騎士から帯剣用のベルトを奪い取り自身へと装着。背面に装着する形で二本のバトルアックスを収納した。読み通り、収納用のベルトも特別製で、バトルアックスの刃の発する熱が体までは伝わってこない。
強力な武器なのでそのまま使用するという手もあるが、バトルアックスは普段のカジミールの得物とは異なる。後で鍛冶職人の工房へ持ち込み分解、発熱のメカニズムだけを愛用のメイス等に組み込むことが出来れば、武器の強化を図れるかもしれない。
「カジミール隊長、ご無事でしたか」
「見ての通り青いローブは撃破した。倉庫内の様子は?」
決着と同じくして、生存者の捜索および教団戦闘員の排除にあたっていた部下の一人、金髪を逆立てた男性騎士、リュカ・エルバインがカジミールの下へ駆け寄って来た。
「……どこも酷い有様でしたが、身を潜め、奇跡的に生還した住民を数名発見いたしました。それと……」
言い淀むも、きちんと伝えなくてはならないと己を奮い立たせてリュカが言葉を紡ぐ。
「……負傷したドラクロワ団長を発見しました。奇跡的にまだ意識を留めておりますが、傷は深く、もう長くは持たないかと……息のあるうちにと、カジミール隊長との面会をご希望です」
「……分かった。案内してくれ」
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