第44話 落陽

「……ふむ。そろそろ時間のようだな」


 凄まじい冷気をまとったベルンハルトの強烈な突きを、ラヴァは幾重にも重なる炎を纏った黒剣の腹で受け止める。衝突と同時に、もはや何度目とも分からぬ凄まじい水蒸気と衝撃波とが巻き起こり、一帯が一瞬、濃霧へ包み込まれる。


「時間? どういう意味だ」


 アイスベルクを振るったベルンハルトが一瞬にして濃霧を細かい氷の粒へと凝華ぎょうかさせ視界を確保、ラヴァとの距離感を取り戻す。

 すでに戦闘開始から30分以上が経過。両者の攻撃力はほぼ互角で、決定打が出ぬまま悪戯に時間だけが経過していた。ベルンハルトは四柱よんはしら災厄さいやくと戦闘を続けているというのに、鎧の表面が微かに焦げた程度でほとんどダメージらしいダメージは受けていない。何よりも驚くべきは、災厄を相手に息一つ乱していない点だろうか。無論これは黒騎士ベルンハルトが人間としては規格外すぎるだけだ。事実、同じ戦場に立つゾフィーはラヴィ―ネの連続使用に体力を持っていかれ、息が上がってきていた。ベルンハルトの足手纏いになってはいけないと、体力の回復を図る狙いもあり、距離を置いて膝をついている。


 ラヴァの側も、僧衣の一部がほつれているのみで軽傷さえも負ってはいない。人の姿も維持したままであり、殺戮形態さつりくけいたいもまだ発現させていなかった。お互いにまだ真の実力を発揮しきれていない状況ではあるが、戦いは思わぬ形で終幕を迎えることとなる。


「元々この地へは、持ち場を離れて一時的に赴いただけのこと。少々長いし過ぎたが、そろそろ本来の戦地へ戻らねばならない」


 ラヴァが本来駆り出されていた戦場は、南部ゼニチュ領の中心都市ファルジュロン攻略戦だ。

 教団側は四ヶ所の地域に同時侵攻を掛けつつも、ある目的からルミエール領攻略を最重要任務へと位置付けていた。そのため、元よりルミエール戦に投入予定であった赤獵しゃくりょうエマに加え、他方の侵攻に回していた四柱の災厄、灰燼王かいじんおうラヴァと凶星きょうせいタナトスをも、状況に応じて、転移用の魔法陣を用いて一時的にルミエール領へと派遣していた。

 ラヴァに一時的に与えられた役割は西部街道の閉鎖。凶星タナトスや晦冥かいめい騎士きしらの介入によってルミエール邸が陥落した今、ルミエール領掌握はもはや秒読み。今更戦況が覆る見込みもなく、ラヴァのルミエール領での役割は終わりを迎えた。ゼニチュ領での教団側の戦況が思わしくないとの情報もあるので、そろそろ本来の戦地へ舞い戻らなければならない。


「薄情だな灰燼王。俺と剣戟けんげきしている時のお前は随分と楽しそうだったが」

「貴殿との戦いを楽しんでいたことは否定しない。技術はやや粗いが、圧倒的なパワーと身体能力、それを引き出す天性の戦闘センスに関しては、かつての白騎士以上のものを感じた。この場を立ち去ることは名残惜しいが、与えられし使命は何よりも優先させなくてはならぬのでな」

「俺が素直にお前を行かせると思うか?」


 不快そうに眉根を寄せて、ベルンハルトは大振りなアイスベルクの刀身の切っ先をラヴァの喉元へと向ける。


「己惚れるなよ? 人間如きに我を繋ぎ留めることなど出来ぬ!」

「ちっ、小癪こしゃくな真似をしてくれる」


 ラヴァが左手を地面にかざした瞬間、凄まじい熱が大地を焦がしていく。ベルンハルトはすぐさまアイスベルクを地面へと突き刺し、ラヴァの発生させた熱量を冷気で相殺させていく。この西部街道は脱出にも用いる大事な行路の一つ。使い物にならなくされては元も子もない。ラヴァもそれを分かっているからこそ、一種の囮として地形に対する攻撃を行ったのだろう。

 ベルンハルトが大地に剣を突き刺した隙を突き、ラヴァの体は上方へと浮上。天へ突き出した右手の先には、簡易太陽とでも呼ぶべき、巨大な火球が生み出されていた。巨大な球体状に収束した炎の破壊力は、これまでで最大級だと予想される。

 

 そして、不敵な笑みを浮かべて下方を見下ろすラヴァの視線の先にあるのは、


「危ない! ゾフィー!」

「ベルンハルト」


 ラヴァの狙いがゾフィーであると直感したベルンハルトが地面からアイスベルクを引き抜き、即座にゾフィーの下へと駆け寄り背に庇う。

 ほぼ同時に、ラヴァが掲げた右腕を振り下ろす。その動きに連動して、上方の巨大な火球がベルンハルトとゾフィー目掛けて急降下してきた。

 

「姿勢を低くしていろ!」

「……魔力操作の技術なら私の方が上よ。二人で防ぎきる!」


 ベルンハルトはまだ物言いたげだが、これ以上問答している余裕は存在しない。ベルンハルトが切り上げるようにして火球を迎え撃ち、ゾフィーはそれを補助する形で周辺に冷気を発生させ、アイスベルクの攻撃に回す冷気量を増幅させた。


 刹那、切り上げたアイスベルクとラヴァの火球とが接触。

 此度の戦で最も激しい水蒸気が、数十メートルの高さまで立ち昇った。


「この時代もなかなか面白いではないか。また会おうぞ、若き零剣れいけん使い達――」


 まとう熱気で水蒸気を消滅させながら、ラヴァが二人の生存を確信した上で、初めて愉快そうに口角を上げた。この程度の一撃で沈むようななわな人間達ではない。まだまだ伸びしろもありそうだし、再会時にはより強くなっている予感をその身に感じていた。その時までに、ラヴァ自身も本来の力を発揮すべく、完全覚醒に至らなくてはいけない。

 ラヴァの頭上に転移用の魔法陣が発生。それを潜るようにしてラヴァは高度を上昇させる。新たな時代で得た好敵手の存在に歓喜しながら、灰燼王ラヴァはルミエール領での戦闘から離脱した。

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