第42話 石火雷鳥槍來 -フォルゴレ-

「……二度も乙女の腹を抉るなんて。もう許しませんよ?」


 エマはへそ周りを中心に腹部を三分の一程抉られた。まだ能力の完全覚醒には至っておらず、即座に再生することが出来ないので、複数の触手をあてがい仮初かりそめの肉とした。決して軽い損傷ではないが、四柱よんはしら災厄さいやくたるエマのフィジカルならば、まだ戦闘の継続は可能だ。感情的にも、ここまでの仕打ちをした怨敵おんてきの首を取らずに帰るのはしゃくというもの。命を奪って帰還した後、傷は自然治癒でゆっくりと塞げばいい。

 今度こそファルコの全身を鮮血に染め上げるべく、エマは邪魔な土煙を、無数の触手を振るって一瞬で霧散させたが、


「えっ?」


 土煙が晴れた瞬間、集会場付近で投擲とうてきの構えを取るファルコの姿がエマの視界へと映り込んだ。テンペスタを投擲すると同時に、体の負担も顧みずに全力で回収に向かったのだ。元よりあの一撃で決まる等という甘い考えは持っていなかった。ファルコの口と双眸そうぼうからは、テンペスタ使用の反動で血が流れ落ちている。肉体はすでに限界を超えつつあるが、エマを倒せるかもしれない好機を逃すわけにはいかない。捨て身で隙を作り出してくれたリカルドのためにも、エマの凶刃に散った仲間達のためにも、我が身可愛さに攻撃の手を緩めるわけにはいかない。

 傭兵は人助けの精神を忘れてはならない。その矜持に従うならば、今後500年前の大戦時のような大量殺戮を、何度も発生させる可能性のあるエマを、傭兵としても絶対に仕留めなければいけない。今後脅かされる可能性のある、数多くの命を救うために。


 我が身も顧みず目の前の脅威に立ち向かわんとするファルコの意志が、暴竜ぼうりゅうそうテンペスタに秘められし新たな可能性を発現させる。

 ファルコの握るテンペスタの周辺には強烈な風と共に、電気らしきエネルギーが絶えず生み出されていた。まるでテンペスタの周辺にだけ、簡易的な嵐が発生しているかのようである。

 暴竜槍テンペスタが司りし力は、防風だけに留まらない。その本質は暴風や雷をも含めた嵐そのものだ。ファルコもテンペスタの能力の一つに雷が存在することは、代々の師弟間の伝聞でんぶんによって承知していたが、いざ自身がその力を発現させるのはこれが初。四柱よんはしら災厄さいやくという、始祖アークイラとも相まみえた圧倒的脅威との接触を経ての、無意識下の覚醒に近い状態であった。過去のテンペスタ所有者の中で雷の力の発現に至ったのは、始祖アークイラを含めて僅かに4名だけだ。


 どこかで伝え聞いた名が記憶の片隅に残されていたのか、あるいは魔槍たるテンペスタが柄を介して持ち主へと記憶を伝えているのか。改めに目覚めた力の名を、ファルコは自然と口にしていた。


「フォルゴレ!(石火せっか雷鳥らいちょう槍來そうらい)」

「あのお方と同じ技ですか!」


 投擲された瞬間、強力な電気エネルギーと風を纏った、暴竜ぼうりゅうそうテンペスタ第弐だいに形態フォルゴレが、稲妻の如く速力でエマへと迫る。かつてのアークイラとの戦いの記憶から、回避は間に合わないとエマは瞬時に悟り、有りったけの触手を全て盾に回すことでその一撃を御しきろうとするが、


「抜かれた?」


 暴風と回転が生み出す貫通力に加え、この一撃には稲妻の如き速力と熱量も込められている。破壊力は初撃の比ではない。完全覚醒を遂げていない状態で受け切るのは得策ではなかった。持ち前の硬質な触手の盾も、完全覚醒状態のもたらす超速再生能力があってこそ最強の盾と化す。硬質なだけでは、最強の矛を受け止めるには不十分だ。


「ぐっうううう――おのれええええええええ」


 テンペスタが無数の触手の盾を貫通。勢いそのままにエマの本体にも接触、凄まじい勢いでエマの腹部を穿ち進んで行った。

 元より損壊していたエマの体はこの一撃で完全に腹部から千切れ、大地の重力に惹かれて地に塗れる。エマにとってこれ程屈辱的なことはあるまい。


「……戻れ、テンペスタ」


 ファルコの意志に呼応し、風の流れに乗ってテンペスタが再びファルコの手元へと回収される。激しさを増す出血に耐えながら、ファルコはテンペスタを両手で構え直す。


「……私が、人間如きに!」


 強靭な生命力を持つ四柱の災厄は、体が腹部で千切れてもなお健在だ。しかし、再生能力が完全ではない現状でこの一撃は間違いなく深手。即離脱からの回復が求められる事態だ。

 しかし、プライドを大きく傷つけられたエマの怒りは当然治まりなどしない。肩の翼状の触手を伸ばして、千切れた上半身と下半身とをテーピングのような形で無理やり固定し、再度立ち上がって見せたが、


「エマ様、今はお引きください。再生能力が完全には目覚めていない今、勇み足は危険です。雪辱せつじょくは、能力の完全復活を待ってから成せばよい」

「首を飛ばされたいのかしら?」


 音も無くエマの背後に現れた一人の晦冥かいめい騎士きしが、無感情に、一切恐れる素振りなくエマへと物申す。利害関係にある相手とはいえ、たかが人間に意見されエマは不機嫌気味ではあるが、


「これは教団を通じて、ティモリア神が発信したご指示でございます」

「……分かりました。ティモリア様からのご命令ということならば仕方がありません」


 邪神ティモリアの名が出た途端、エマの態度は一変する。

 復活の時が近いとされる邪神ティモリアは、受肉こそまだ果たしていないが、意志の疎通程度ならば可能なまでに力を高めている。

 如何に嗜虐趣味かつ執念深いエマといえでも、絶対的な忠誠を誓う邪神からの厳命に逆らうことは出来ない。


「待て……勝負はまだ――」

「槍使いの方、次会う時までにその技量をより研ぎ澄ませておきなさいな。完全覚醒を遂げた私の力は、今回の比ではありませんよ?」


 屈辱的な撤退ではあるが、前向きに考えれば、この時代にも新たな楽しみが生まれたのだと捉えることが出来る。かつてのアークイラには及ばないとはいえ、ファルコもテンペスタの新の力の一端を、実践で成長するような形で発揮してみせた。伸びしろはまだまだある。今後の戦場でも死なずに成長を続けたなら、かつて恋焦がれたアークイラとの再戦にも似た状況を用意することが出来るかもしれない。

 微笑を浮かべたエマは、足元に発生した転移魔術の魔法陣に一歩踏み出す。エマと晦冥騎士の体はまばゆい光に包み込まれてその場から消失する。エマに背を向けていた晦冥騎士は、去り際に不敵な笑みを浮かべていた。


 ファルコの投擲にはすでに力はなく、標的を失ったテンペスタは地表へと突き刺さった。


「……ウラガ―ノ?」


 腹部を刺し貫かれる重症を負ったリカルドが、傷の痛みに耐えながらにファルコの下へと近づいたが、


「ウラガ―ノ!」


 テンペスタを投擲した直後のファルコは、立ったまま意識を消失していた。肉体的な限界はとうに超え、目や口以外にも、血管の細い箇所を中心に全身から血液が零れ落ちている。人の身にには過ぎた魔槍の力が、今回は雷として体現した。それを使用した際の反動はグロワール竜撃時の比ではない。


「……四柱の災厄に重症を負わせ、生き残ることで次へと繋いだ。……上出来だよ」


 腹部の大傷に眉を顰めながらも、リカルドはファルコの体を支え、労うようにして地面へと横たわらせてやったが、


「……そう簡単に終わらせてはくれないか」


 遠目に伺っていた、晦冥騎士の不敵な笑みの理由をリカルドは理解した。一体どこに潜んでいたのか、カキの村には周辺から多くの魔物が集まりつつあった。渦中のエマはファルコとの再会を楽しみにしている様子だったが、教団側が四柱の災厄に手傷を負わせた危険人物をどう扱うかはまた別の問題だ。手負いの傭兵二人、数の暴力で食らいつくそうと、晦冥騎士が手を打っておいたのだろう。

 ファルコが意識を失ったことで、テンペスタも魔術的能力を失っている。意識を保っているリカルドももはや満身創痍。状況は絶望的とも思えたが、


「あんな化け物とやり合った後だ。負傷込みでも負ける気がしねえ!」


 声高々に吠えると、リカルドは戦死した仲間のロブソンが愛用していた大斧を両手で掴み取った。無数の魔物を相手するなら、愛用のモーニングスターよりも、攻撃範囲に優れる大斧の方が使い勝手がいい。


「ウラガ―ノ、お前は俺が全力で守る! お前はこの戦場を生き延びて、未来でより多くの人達を救え!」


 槍使いの傭兵に未来を託し、リカルドは重症も顧みず、大斧で魔物の群へと勇敢にも斬りかかっていった。

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