第41話 けっこう上手くやっただろう?
「……生きてるか、ウラガ―ノ」
「何とかね。負傷よりも、テンペスタ使用の負荷の方がきつくなってきた」
「森に潜んでも無駄ですよ。何なら森ごと丸裸にしてさしあげましょうか?」
決して脅しではないだろう。エマならば確実にやる。森林という天然の防御壁さえも、エマの攻撃力の前では気休めにしかならない。エマの
「だそうだ。これからどうする?」
「決して勝機がないわけじゃない。エマはまだ復活してから日が浅い。どうやらまだ本調子ではないようだ」
「どういう意味だ?」
あれだけの攻撃性を発揮しておきながら本調子でないとは恐れ入ると、リカルドは苦笑交じりに問い掛ける。
「最上位の魔物たる
「お前の切り落とした腕が再生していない」
「正解。それに加えて、
「希望的観測とやらが当たっているとしたら、再生能力の弱い今のエマなら殺し切れる可能性があるということだな」
「案外と今は、この500年間で最大の好機なのかもしれないよ。いずれにせよ、テンペスタの使用限界も近い。一か八か強力な一撃を叩き込んでみる価値はあると思う……問題は」
「以前お前が使用したあの技は、発動までに時間がかかるからな」
「その間エマが、大人しくしていくれるはずはないよね」
「そんなもの、大した問題じゃない。俺が囮になって時間を稼ぐ、その隙にお前は
「四柱の災厄相手に単独で囮になる。自殺行為だね」
「覚悟の上だ――」
我の強いリカルドがファルコの意見を聞き入れるはずもない。これ以上の問答は不要と、リカルドは独断で森を飛び出していった。
「勇敢な奴め」
ここで迷えば、リカルドの命を悪戯に危険に晒すだけだ。ファルコは即座に行動を開始した。
村の中心部にいるエマを狙えるよう、一際背の高い木を、テンペスタで生み出した風を利用して駈け上り、太い枝の上へと着地。テンペスタを引いて体を
「あなたお一人ですか? 私も随分と舐められたものですね」
「せいぜい油断してろ。背後から斬り付けられてもしらないぞ」
エマの視界へと飛び込んだリカルドは、あえて真実を交えて挑発する。ファルコがこの場にいない時点で、エマとてファルコが襲撃の機会を伺っていることは承知の上だろう。ならば秘匿すべきは奇襲の有無ではなく威力の大小だ。エマにはなるべく、ファルコがテンペスタで直接斬り付ける形で奇襲を仕掛けると匂わせておく、一撃に全てを込めていることは悟らせてはいけない。
「まあいいでしょう。あの方がどこから仕掛けてこようとも、返り討ちにするまでのこと」
それまでは、目の前のリカルドを玩具にしようとエマは決めたようだ。負傷の内に入らぬとはいえ、只の人間に頭部を一撃されたことは屈辱的。赤獵姫の嗜虐性の一端は、間違いなくその執念深さに起因している。
「刻んで差し上げましょう。簡単には死ねませんよ?」
「そりゃあどうも」
四方八方から迫る黒い死の触手を、リカルドは足を止めずに全て擦れ擦れの位置ですり抜けていく。視覚での回避はもはや間に合わない。風切り音や、長年戦場で培ってきた危機感知能力を頼りに、ほぼ反射的に行動している。足を止めることも出来ない。一度でも足を止めれば、その瞬間に間違いなく敗北は確定する。
簡単には死ねないと宣言した以上、エマは恐らく、散々弄んだ末に殺害するつもりだろう。それはそれで時間稼ぎになりそうだが、あくまでも、最悪で最後の手段だ。
「逃げてばかりでは、私を倒すことなど出来ませんよ?」
「誰が逃げてばっかりだって?」
足を切断すべく、地面をなぞるようにして両側面から迫った触手を軽快なジャンプで回避すると、リカルドは跳躍の勢いそのままに、得物であるモーニングスターをエマの顔面目掛けて投げつけてしまった。
「武器を手放すなど愚かな」
エマは即座に射線上に無数の触手による硬質な盾を形成。触手を弾く防具としての役割も持つモーニングスターを手放すなど、いよいよ自暴自棄にでもなったのかと、エマは
「どこにいった?」
触手のガードを解いた瞬間には、リカルドの姿がエマの視界から消えていた。触手の盾がエマの視界を
「こっちだ!」
声のした後方をエマは即座に振り返る。
拾い上げたジルベール愛用の大剣を手に、エマの顔面目掛けて刺突を繰り出すリカルドの姿がエマの瞳へと映り込む。
「甘いですよ」
切っ先がエマの顔面に届くよりも、エマの防御行動の方が早い。
間に割って入った触手が垂直へと伸び、重厚な黒い盾を再度形成。接触した刀身は無情にも弾かれ、突進の勢いが乗っていた分、リカルドは強くよろけてしまう。
「残念でしたね」
「かはっ――」
嗜虐的な笑みを浮かべたエマの槍状の鋭い右手が、リカルドの腹部へと深々と突き刺さったが、
「笑っているのですか?」
「……ああ、おかしくて仕方ないよ。こうもあっさり上手くいくとは」
嗜虐的なエマの笑みに対し、リカルドは負傷などまるで意に返さぬしたり顔を浮かべている。いかに高位の魔物といえども、欲望に忠実な相手ほど手玉に取りやすい敵はいない。
致命傷には至らずとも、頭部を強烈に一撃してやることで、エマの感覚器を揺さぶることには一度成功している。リカルドはそこに、生物的な隙を見出していた。頭部狙いの攻撃が感覚器に影響を及ぼすということは、当然視覚も該当するはずだ。人間を始め、眼球やそれに近い顔面を狙われば、生物は咄嗟に回避や防御行動を取ってしまうもの。事実エマも、顔面狙いの投擲に対し、無防備に受けるのではなく、触手で形成した盾で対処した。顔で受けることに少なからず嫌悪感を抱いていたのだとリカルドは確信した。
再度ジルベールの大剣で顔面を狙うと、エマはそれも触手の盾でガードした。これにより、エマをその場に留めたままさらに時間を稼ぐことに成功した。そして極め付けは、リカルドがあえて勢いをつけたことで生み出した大きな隙。至近距離で隙だらけになった敵を、嗜虐趣味のエマは決して放ってはおかない。手の届く距離にいる玩具を、触手ではなく絶対に自らの手で壊したくなるはずだ。
「……穿ち進め。テンペスタ!」
人一人自らの腕で貫けば、それは取り返しのつかない大きな隙になるだろうに。
「……けっこう上手くやっただろう? ウラガ―ノ」
「この勢いはまさか――」
凄まじい風の勢いを纏った魔槍の投擲を確認したことで、リカルドは留飲を下げる。
軽量化を図り、エマはリカルドの体を荒々しく投げ飛ばし、投擲されたテンペスタの射線上から即離脱しようとするが、凄まじい速度に加え、引き込む力も強力なテンペスタの暴風を受け、回避が間に合わない。触手の盾を介して勢いの減少を試みるも、風を纏い、全力で投擲されたテンペスタの勢いは、そう簡単には死んでくれない。
「くっあああああ! おのれ――」
触手の盾を抜き、テンペスタの真っ赤な穂先がエマの右脇腹へと接触、削岩機のようにエマの黒い体を削っていく。
「こんなもの!」
しかし、エマの本体は触手の盾を上回り非常に硬質。テンペスタはエマの体の表層を削りながら肉体の通過には至らない。エマは圧倒的硬度による抵抗に物を言わせ、完全回避という選択肢を一度捨てる。力技で強引に体を捩り、体の中心部をテンペスタの穂の射線上から逸らす。テンペスタの軌道はエマの
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます