第39話 獣は愛する者のために戦う

「ほら、さっさと私を倒して仲間の女の下へ駆けつけなさい。今すぐ呪いの源たる武器を破壊すれば、女を助けられるやもしれないぞ?」


 状況を楽しんでいる晦冥かいめい騎士きしは、あざけるようにクラージュを挑発する。これまでのやり取りから、クラージュとウーが男女の仲にあることは察していた。愛する女を助けようと、目の前の騎士は死に物狂いで立ち向かってくるはず。そういう相手こそ殺し甲斐があるというもの。


「……」


 クラージュは挑発に乗る素振りは見せず、魂が抜けてしまったかのように、無言でその場に立ち尽くしている。


「何だ? 女の命が懸かっているというのに、ククリの呪いに怖気づいたか?」


 期待外れの腰抜けかと落胆し、今が戦闘中であることを思い起こさせそうと、晦冥騎士は真正面からクラージュ目掛けてククリナイフを振り下ろしたが、


「愛する者の命がかった状況で、誰が怖気づくものか」

「なっ?」


 無気力を演じ、攻撃を誘ったのはクラージュの方であった。振り下ろされるククリナイフへ左腕を差し出し、我が身を守る盾とした。ククリナイフがクラージュの左前腕を直撃、籠手こてと鎧を切り裂くも、それによって勢いが弱まり切断までには至らない。肉まで切り裂いたが、骨に接触して刃は止まった。相当な激痛なはずだが、クラージュは顔色一つ変えていない。


臓腑ぞうふを溶かす呪いだというのなら、臓腑の存在しない部位で受けるまでのことだ!」

「貴様!」


 大きな賭けだったが、結果的にクラージュの読みは的中した。腕を負傷したのみで、臓腑に目立った変化は起こらない。肉を切らせて骨を断つ。クラージュの腕から即座にククリナイフを抜けず、晦冥騎士に一瞬の、それでいて致命的な隙が生まれる。ククリナイフが抜けた瞬間には時すでに遅し、


「死ね」

「はっ――」


 内側から即座にバトルアックスを振り抜き、晦冥騎士の首を刎ね飛ばしてやった。いかに晦冥騎士が戦闘能力に優れる手練れであったとしても人間には変わりない。剛腕自慢の騎士に首を刎ねられれば、その瞬間に絶命する。


「貴様、よくも弟を――」

「貴様を殺してウーを救う!」


 大柄な体躯を感じさせぬ速度で、クラージュがウーを傷つけた晦冥騎士へと肉薄、バトルアックスを豪快かつ高速で水平に振るう。晦冥騎士は咄嗟にバックステップを踏んだことで直撃は免れたが、刃は微かに青いローブを掠め裂いていった。回避にこそ成功したが、晦冥騎士の表情には焦りから冷や汗が浮かんでいた。


「どういうことだ? 片腕を負傷しているというのに、これまでよりも格段に速い」


 愛する者の命が懸かった状況とはいえ、あまりにも劇的過ぎる変化だ。自身が傷つくことも恐れず、凶暴性を持って標的へと襲い掛かる。その姿はまるで獣だ。


「獣? そうか、ベルセルクル――」


 突如として正面から、剛腕で投げつけられたタワーシールドが飛来、傷めるのを覚悟で晦冥騎士は左腕で殴りつけるように叩き落とした。右方向に気配を感じ、感覚的に黒いククリナイフを振るう。軌道上にはクラージュの首が存在する。臓腑を溶かすまでもなく。頸動脈けいどうみゃくを割くことで決着すると晦冥騎士は確信したが、


「こっちだ」

「なっ?」

 

 右側面にいると確信していたクラージュが、一瞬の間に正面へと移動していた。当然、右方向に振るったククリナイフを虚空を切っている。今この一瞬、クラージュの身体能力は常人のそれを遥かに上回っていた。ベルセルクルコアはまだ一段階目だが、愛する者を救いたいという意志が、第二段階に匹敵する速力をほんの一瞬だけ発揮させていた。

 間抜けにさらけ出された右腕目掛けて、クラージュは容赦なくバトルアックスで切り上げた。


「おのれ……」


 激しい出血を伴いながら、ククリナイフが晦冥騎士の右腕ごと地に落ちる。

 ウーの呪いを解くことを最優先に考えるクラージュは、すぐさまククリナイフ目掛けてバトルアックスを振り下ろし、粉々に砕いてやった。


「残念だったな」


 クラージュが黒いククリナイフの破壊に気を取られている隙を突き、右腕を失った晦冥騎士は左手に握る黒いククリナイフでクラージュを背後から一突きにした。刀身は鎧ごと肉を貫いている。片腕を失ったことにも怯まず、首を刎ねられた弟の遺体から黒いククリナイフを拝借、即クラージュへと突き立てたのだ。


「うちの弟は嘘つきでね。武器を破壊したところで呪いは解けぬ。あの女はもう手遅れだ。こうして呪いの刃で刺し貫かれたお前自身もな」

「そうか」

「くっ――」


 ナイフを突き立てられた痛みに一切怯まず、クラージュは後方にひじ打ちを繰り出し回目騎士の腹部を強烈に一撃。振り返ると、体を折った晦冥騎士の頭部を右手で掴み取り、地面へと豪快に叩きつけた。


「ならば、使い手である貴様の命を絶つまでだ」

「……残念だったな……使い手たる私を殺しても呪いは解けぬよ」

「そうか……うおおおお――」


 愛する者を傷つけた憎き相手の顔面目掛けて、クラージュは激情に任せてバトルアックスを振り下ろした。

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