第38話 呪

「……お兄ちゃん」

「……トロンさん」


 修練場へと到着したウーとクラージュは、血塗れで息絶えていたウーの兄、トロン・スプランディッドの亡骸を発見した。周辺には他にも数名、顔馴染みの藍閃らんせん騎士団所属の騎士達が事切れている。

 兄の死に震えるウーの肩をクラージュが優しく支える。ウーはまだ知らないが、ホールでは父であるアドニス・スプランディッドも遺体で発見されている。兄と父を喪ったことで、藍閃騎士団に所属するスプランディッド家の人間はもう、ウー1人しか残されていない。


「……誰かいるんですか?」


 修練場の武具庫の中から、不安気に伺いを立てる幼い声が聞こえた。

 ウーに周辺の警戒を任せつつ、クラージュがそっと武具庫の扉を押し開けると、


「ウー、生存者だ」

「良かった」


 武具庫の中では、子供ばかり計10名のリアンの住人が息を潜めていた。

 襲撃や火災で家族を喪ったり、散り散りとなってしまい、途方に暮れていた子供達だ。

 町の防衛にあたっていたトロンらが子供達の一団に気付き救助。何とか避難所であるルミエール家の屋敷までは連れてきたものの、すでに屋敷内での戦闘も激化しており、ホールおよび地下倉庫への避難が困難な状況となっていた。そのためまだ被害の及んでいなかった修練場の武具庫へと一時避難をしていた形だ。


「どうしてこの場所に?」


 リーダー格と思われる、気丈にも涙を堪えている年長の少女へとクラージュが問い掛ける。


「トロン様たちに、状況が落ち着くまでこの倉庫に隠れているように言いつけられました。ここは絶対に守り切る。安全が確保されたら迎えにくるからと」

「そうか、トロンさん達が……」


 哀悼の意を込め、クラージュは静かに目を伏せた。最期の瞬間まで幼き命を守り抜き散った勇敢な騎士達を、同僚として心から誇りに思う。彼らの思いに応えるためにも、バトンを受け継ぎ、子供達を無事に安全圏まで避難させてあげなくてはいけない。


「トロンさん達は?」

「……私達が来たからには、もう大丈夫だから」


 子供達の前で彼らは死んだと口にするのを躊躇い、回答になっていない回答を発する。

 それでも、子供というのは大人の想像以上に鋭いものだ。クラージュの表情等からトロン達の安否を察し、子供達も悲し気に俯いていた。


「クラージュ危ない!」

「むっ!」


 ウーの喚起を受け、クラージュは反射的に子供達を倉庫内へと押し返し、タワーシールドを構えた。次の瞬間、刃と盾とが衝突する甲高い金属音が鳴り響く。ウーの言葉がなければ背面から一撃されていたところだ。

 襲撃者である金色に縁どられた青いローブを纏った男の得物は、一刀のククリナイフであった。どこかの灰髪の絵描きのおかげで、ここ数カ月で随分と見慣れた凶器だ。


「修練場の騎士達を殺したのは貴様か?」

「然様だ。連戦で疲弊していた部分もあるのだろうが、少々物足りなくてな。さらなる強者との接触を求めて餌を撒かせてもらった」

「……なるほど、私達をおびき寄せるために、若手のジョエルだけを見逃したということか」

「正解だ。君が彼ら以上の強者であることを祈っているよ。こうして子供達も殺さずに残しておいたのだから」

「どういう意味だ?」

「騎士という人種は弱者を守るのが大好きだからね。自分が死ねば子供達の命も失われる。そういう状況でこそ、普段以上の力をしてくれるのではと思ってね」

「下衆めが」


 トロン達の仇であることはもちろん、幼き命さえも何とも思わぬ卑劣さに、クラージュの正義感が爆発する。相手の思う壺ではあるが上等だ。虎の尾を踏んでしまったことを、目の前の下衆に後悔させるまでのこと。


「援護するよ」


 ウーが晦冥かいめい騎士きしの側頭部に狙いを定めて矢を放つ。晦冥騎士はバックステップを踏んで即座に矢の軌道から外れたが、今度は一歩前へ踏み込んだクラージュが豪快に正面からバトルアックスを振り下ろす。重量のあるタワーシールドは高速戦が予想される今回の戦いには向かないと判断し、軽量化を図り破棄した。


「なかなかの剛腕だ。いいですね」


 晦冥騎士は回避行動は取らず、黒いククリナイフで正面からバトルアックスを受け止める。


「よく回る舌だ」


 饒舌じょうぜつな挑発にあえて乗って見せることで、晦冥騎士の意識を目の前のクラージュへと集中させる。その隙を狙い、ウーが再度弓による狙撃を試みるが、


「後ろ?」


 敏感に怖気を感じ取り、ウーは狙撃を解き、咄嗟に腰に携帯していた狩猟用ナイフを振り抜いた。怖気は的中。不意に背後に現れた、こちらも黒いククリナイフを得物としたもう一人の晦冥騎士と接触。得物だけではなく、顔立ちまでも瓜二つ。二人の晦冥騎士はどうやら双子ようだ。

 ウーの狩猟用ナイフは晦冥騎士の右上腕を。晦冥騎士のククリナイフはウーの腹部を微かに裂いていった。


「ウー! 大丈夫か?」

「大丈夫、少し掠めただけ。ごめん、援護はしばらく無理そう」

「承知した。こっちはこっちで何とかする。無茶はするなよ」

「分かってる……」


 浅い腹部の傷を擦りながら、ウーな晦冥騎士目掛けて狩猟用ナイフで切りつけようとしたが、次の瞬間、


「うっ……あああ――」


 突然ウーが激痛に苦しみだし、狩猟ナイフは力なく虚空を切った。そのまま痛みに耐えきれず、敵を前にしているにも関わらず、膝と両手をついて硬直してしまう。


「ウー! どうした!」

「女の心配をしている場合か?」

「邪魔をするな!」


 戦場で他人に構うなど愚か者のすることと侮蔑ぶべつし、晦冥騎士は容赦なくククリナイフでクラージュ目掛けて斬り付ける。咄嗟にバトルアックスで弾き返すも晦冥騎士は一切攻撃の手を緩めず、愛する女性の下へ駆けつけることを良しとはしてくれない。


「……私の体に何をしたの?」

 

 必死に痛みに耐えながらも、ウーは自身を見下ろす晦冥騎士を気丈にも睨み付ける。


「我ら晦冥騎士へ支給されている武器はどれも特別製でね。全て上位の魔物を素材に加工された魔術武器だ。私と弟に支給されたククリナイフには、臓腑ぞうふを溶かす強力な呪いが秘められている。腹部に傷を負った時点で君の死は確定だよ」

「……私が、このまま死ぬ?」

「……そんな」


 突如告げられた残酷な運命に、ウーはもちろん、戦闘中のクラージュも大きく動揺していた。たったの一撃を、それも腹部を掠めただけでお終いなどと、あまりにも無情過ぎる。悪い夢だと思いたいが、文字通り腹部が溶けるかのような激痛に見舞われているウー自身が、それが真実であることを身をもって理解していた。


「……クラージュ……自分の戦いに集中して……一撃でも喰らったら、あなたも危険……」


 生命の危機にあり、耐え難い激痛に見舞われているというのに、ウーはあくまでもクラージュの身を案じる言葉を発する。愛する男の命を守りたい感情はもちろんのこと、クラージュまで凶刃に倒れれば、武器庫で怯える子供達を救うことも出来なくなってしまう。それだけは絶対に駄目だ。


「生きたまま内臓が溶けていく。耐え難い激痛だろうに仲間を気遣うとは、見上げた精神力だ。だが、これならどうかな?」

「かっ――!」


 嗜虐趣味の晦冥騎士が、重症のウーの体を容赦なく蹴り飛ばし、ウーの体が地面を転がる。臓腑を損傷した影響もあり、衝撃でウーは大量に吐血した。

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