第33話 晦冥騎士

 ――見つけたぞ。


 リアンの町の東部。町の集会場として使われていた一際大きな建物の中に、オスカーは複数の召喚者の姿を発見した。全員が手を取り合い、一言一句漏らさずに詠唱を重ね合わせている。個人ではなく、複数人の共同という形で凶牙きょうがりゅうブラフォスの召喚および存在維持を行っているのだろう。

 召喚者を守るべく、集会場周辺を固めていた十数名の教団戦闘員はすでに、音もなく迅速に排除した。後は無防備な召喚者達を速やかに排除すれば、凶牙竜ブラフォスの脅威を一先ずは取り除ける。

 この場には、オスカーと同じく斥候せっこう任務を得意としている、黒髪短髪のオトフリート・コルテカンプと、金髪をセンター分けにしたアンドレアス・ブッフバルトの二人も同行している。常にシュトゥルム帝国の最前線に立ってきたアイゼンリッターオルデン所属の斥候達だ。万が一戦闘に発展した場合でも、少数精鋭で相手を圧倒出来るような戦闘訓練が施されている。オスカーはドミニクの前では謙遜けんそんしていたが、それはベルンハルトやイルケのような恵まれた戦闘センスを持つ者たちには及ばないというだけのこと。一般的な兵士の基準で測れば、オスカーも十分、強者の側にいる。


 凶牙竜ブラフォスの暴れっぷりは、やや離れた集会場付近からも確認出来る。ドミニク達の方もそろそろ辛いだろう。召喚者を仕留めるべく、オスカー達が集会場に斬り込もうとするが、


「かっ――」

「アンドレアス、どうした?」


 突然、最後尾にいたアンドレアスから短い悲鳴が聞こえて来た。

 周辺の脅威は排除し、不穏な気配は存在しなかったはず。何事かと思い、オスカーが即座に振り向くと、


「アンドレアス!」


 苦悶の表情を浮かべるアンドレアスの体は、真っ赤な刀身を持つ奇妙な長剣によって、胸部を貫かれていた。感覚を研ぎ澄ませ、把握能力に優れる斥候が背後を取られることなど本来有り得ない。帝国最強のアイゼンリッターオルデンの斥候相手ならば猶の事だ。だとすれば相手は究極的に、幽霊のように気配を消し、アンドレアスを背後から奇襲したとしか思えない。


「まずは一人」


 赤い剣の使い手が不敵に笑った瞬間、アンドレアスを貫いた刀身から無数の赤い針のような物が飛び出し、アンドレアスの体を体内から刺し貫いた。元より虫の息だったアンドレアスはこの瞬間に絶命。脱力したアンドレアスの亡骸をぞんざいに蹴り飛ばし、その勢いで使い手は赤い剣を引き抜いた。


「帝国最強のアイゼンリッターオルデン。不意打ちとはいえこの程度か?」


 期待外れだと言わんばかりに、赤い剣の使い手は嘆息する。

 縁を金色の模様で彩られたフード付きの青いローブを纏った色白で長身の男。

 長い漆黒の黒髪で表情が覆い隠されており、素顔を完全には窺い知ることが出来ない。

 召喚者への攻撃を妨害してきた以上、アマルティア教団の関係者であることは間違いないが、隙のない立ち振る舞いといい、斥候の背後を取る隠密性といい。これまで相手してきた教団戦闘員とは明らかに格が異なる印象だ。


「お前は一体何者だ?」


 同僚の死を前にしても、オスカーは顔色一つ変えずに青いローブの男に問い掛ける。

 戦いはすでに始まっている。相手が問答に応じるとは限らないが、オスカーが会話で注意を引いている隙に、オトフリートが投擲用の小槍で不意打ちを仕掛ける作戦だ。


「私は教団内で晦冥かいめい騎士きしと呼ばれる者の一人だ。個人名は存在しない」


 男は意外にもあっさりと答えを返してくれた。その隙をついて、オトフリートが死角から即座に小槍を投擲したが、


「なっ!」


 一瞬の内に晦冥騎士の姿が軌道上から消失。投擲された小槍が虚空を切った、次の瞬間。


「これで二人目」

「真横だ! オトフリート」

「くっ!」


 オトフリートは反射的に後退。

 晦冥騎士の繰り出した刺突が目の前を通過していくが、


「くそっ――」


 刀身から真横に伸び出した複数の赤い針状の凶器がオトフリートに正面から襲い掛かる。赤い針は硬質な黒色鎧を軽々と貫通し、一瞬でオトフリートの体をハチの巣にしてしまった。


「読み通り、やはり一番の強者はお前のようだな。即座に仲間に向けて叫んだ辺り、私の動きも目で追えているようだ」

「召喚者の数に対して警備が甘すぎるとは思ったが、まさかこんな伏兵を隠していたとは」


 教団に関する情報がまだ少なく、晦冥騎士なる称号を持った教団戦闘員と相対するのはこれが初めてになる。高い戦闘能力に加えて完全なる初見。あまり好ましくない状況だ。


 ――申し訳ないドミニク殿。召喚者の排除には、今しばらく時間がかかりそうです。


 覚悟を決めて深く息を吐き出すと、オスカーは得物である刺突に特化した長剣、エストックを抜いた。

 本来、こういった戦闘能力に優れた敵の相手はベルンハルトかイルケの仕事なのだが、こうして出会ってしまった以上は仕方がない。同僚の仇でもあるし、全力で仕留めにいくまでのことだ。


「目の前で仲間を瞬殺されたというのに、まるで動揺していないように見える。辿る結末は貴様とて同じだぞ?」

「やってみなくちゃ分からないだろう。それに、少なくとも私はお前に恐怖なんて感じてはいないよ」

「ほう?」

「お前の強さなんて、副長の足元には及ばない」


 憧れであり、恩人でもあるベルンハルトの背中を追いかけ、同じ戦場でその強さを目に焼き付けて来た。それに比べたら、晦冥騎士などまるで脅威と写らない。

 それを証明するためにも、この戦い絶対に負けるわけにはいかない。晦冥騎士など黒騎士の足元どころか、騎士団の斥候にすら及ばないのだと、勝利を持って刻み付けてやらねばならない。

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