第30話 殺戮形態

「攻防一体の風の刃。何度戦っても厄介なものですね」

「お褒めに預かり光栄だよ!」


 渦巻く鋭い風の刃をまとい、削岩機さくがんきの如く破壊力を得たテンペスタでファルコは勢いよく刺突する。エマは咄嗟に十数本の触手で受け止めたが、攻撃力ではテンペスタの方が上。高硬度の触手をえぐり、破壊することに成功した。


「私の刃を抉りましたか。流石は暴竜ぼうりゅうそうですね」


 触手は大量にある。数本破壊されたところで大して気にも留めず、エマは四方へと展開させた触手をファルコ目掛けて一斉にけしかけた。まともにくらえば、四方からの斬撃の嵐にミンチにされることは免れないが、


「この程度で」


 右手で握ったテンペスタの石突いしづきを地面へと付け、周辺へこれまでで最も鋭い風の刃による障壁を発生。風の刃に弾かれ、時には尖端を削られ、鋭利な触手は一本たりともファルコの下へは届かない。しかし、


「甘く見てもらっては困ります」


 四方から迫る触手は端から囮。エマは触手で地面を跳ね付けることで急加速し、それまで距離を取っていたファルコへ猛烈な勢いで迫る。華奢な見た目に反し、魔物だけあってその肉体は強靭だ。風の刃で生じる切り傷をものともせず、障壁の内側へと侵入した。

 至近距離で、裾から伸ばした二本の触手で胸部目掛けて刺突する。風の刃の一時解除という工程を踏まねばならぬ以上、テンペスタで即応は難しい。痛みに悶えるファルコの姿を早くも想像し、エマは恍惚こうこつの笑みを浮かべているが、


「甘く見てもらっては困るよ」

「二本目?」


 ファルコはテンペスタではなく、左手で抜いた普段使いの方の槍を使ってエマの触手の刺突を弾き返した。よく見ると、槍の穂には微かに風の刃が渦巻いている。槍単体では強度に不安があると即断し、抜いた瞬間にピンポイントでテンペスタの風の刃を付与したのだ。

 通常武器に風の刃を纏わせて、四柱の災厄の攻撃に耐えうる防御性能を付与する。かつてのアークイラとはまた異なる戦闘スタイルだ。対応力に対する驚きも手伝い、触手を弾かれた瞬間、エマに一瞬の隙が生じる。


穿うがち進め、テンペスタ!」

「ぐっ――」


 即座に右手のテンペスタで追撃。至近距離故に突進力は生まれぬが、自力と、渦巻く風の刃による貫通力でエマの胸部を狙う。

 エマは咄嗟に十数本の触手で自身を守る盾を形成したが、これまでの戦闘で触手を幾つか欠損していることもあり、完全にはテンペスタの刺突の勢いを消し切ることが出来ない。触手が貫通される瞬間に即座に体をよじったが、突き抜けたテンペスタはエマは左脇腹を大きく抉り取って行った。抉れた穴から、真っ黒な血液が滴り落ちていく。


「……可憐な少女の脇腹を抉るなんて、なかなか酷いことをしますね」

「お前の残虐性に及ばないさ」


 触手で地面を跳ね付けてエマは後退。一旦ファルコから距離を取った。

 隙を見せてはいけないと、ファルコも涼しい顔をしてテンペスタを構え直すが、至近距離から強力な刺突を繰り出した反動は筋肉にダメージを与えていた。戦闘に支障する程ではないが、槍を握る右腕がこれまでよりもやや重い。


「これ程の痛みを覚えたのは随分と久しぶりです。戦いというのはこうでない――」


 激しい爆発音によって、エマの饒舌じょうぜつが中断された。爆発は抉れたエマの左脇腹から発生、傷口に飛び込んだ火薬付きの矢が爆発したのだ。


「ロブソン」

「加勢に来たよ」


 数十メートル離れた物置小屋の屋根の上から、的確にエマの傷口を狙って見せたのはジルベール傭兵団の弓兵、ロブソン・ロ・ビアンコだ。並の攻撃ではエマに有効打を与えることは難しいが、内部からならば話は別。傷口から爆発を受ければ、流石の四柱の災厄とて無傷とはいかない。


「エールプティオ―」


 追撃で、女性魔術師のイルマ・レイストロームが詠唱無しで放った爆発がエマへと襲い掛かる。至近距離から爆発だ。ロブソンの攻撃でさらに広がった傷口からの大ダメージが期待出来る。

 イルマの側では、魔術発動時に無防備となる彼女を守護すべく、恋仲でもある女性剣士、ギラ・キルヒアイゼンが守りを固めている。


「ウラガ―ノ。周辺の魔物や戦闘員は全て俺達が排除した。ここから先は俺達もお前に加勢する」


 団長のジルベールら、周辺での戦闘を終えたジルベール傭兵団のメンバーが再びカキの村へと戻って来た。全員大きな怪我もなく、代わりに魔物や教団戦闘員の返り血を浴びている。エマをつかわした以上、戦力過多になると判断したのだろう。教団の戦闘員や魔物の数は比較的少数であった。ジルベール傭兵団の戦闘能力を持ってすれば、短期たんき殲滅せんめつもそう難しくはない。


「絶対に油断だけはしないでください。エマの本気は未だに底が知れな――」

「……下等種族が、あまり調子になるものではありませんよ!」


 怖気おぞけもよおす冷徹な言葉と共に、エマを包み込んでいた爆炎が一瞬で払われ鎮火。

 再びその姿を覗かせたエマのシルエットは、これまでの可憐な少女のものから劇的に変化していた。


 四柱の災厄の基本形は人と遜色そんしょくない姿形だが、本格的な殺戮さつりくを開始するにあたってその肉体は人の形のかせから解き放たれ、「殺戮さつりく形態けいたい」と呼ばれる、より攻撃的な姿へと変化することが過去の大戦からも明らかになっている。

 殺戮形態と化したエマは、背丈こそそれまでとほとんど変わらないが、漆黒の触手が包帯のように全身へと巻き付いたかのような姿に変化。実際に巻き付いたのではなく、肉体そのものが形状変化したようだ。ファルコに抉られた傷跡は、肉を補填するかのように無数の触手が群がり塞がっている。負傷の影響は皆無だ。

 顔面の触手の隙間からは、紅玉のように光る赤い双眸そうぼうが覗く。一際目を引くのは、幾重にも折り重なった無数の黒い触手により形成された、肩口から生える猛禽類もうきんるいを思わせる巨大な両翼だ。翼と繋がった両腕も無数の触手によって形作られ、両腕は鋭いランスのような形状となっている。両足は人間に近い形状だが、ヒールの部分が一際鋭利な触手によって暴力的な形となっていた。


「黒い天使……」


 遠方からエマの姿を目視したリカルドの口からは、自然とそのような印象が言葉として漏れ出していた。

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