第27話 正門突破

「……応援に駆け付けただけあって、化け物揃いといったところか」

「化け物ならここにもいますよ?」

「えっ?」


 離れた位置から加勢のタイミングを伺っていた教団の伏兵の頭部が、訳も分からぬまま砕け散った。愛嬌のある女性の声と共に、怪力によってフルスイングされたウォーハンマーが直撃したためだ。


「団長たちに代わって、全力でソレイユ隊長たちのお力になりましょう」


 ゼナイドからやや遅れて、可憐な外見に似合わぬ大振りなウォ―ハンマーを携えたイルケ・フォン・ケーニヒスベルクを筆頭とした、アイゼンリッターオルデン所属の騎士がルミエール邸前まで到着した。リアン到着時にオスカー達と別れ、ゼナイドと共にルミエール邸を目指した面々だ。イルケの他には長槍を得物とする赤毛を結い上げた男性騎士クヌート・バイルシュミット、盾を持たず、ロングソードの二刀流で戦う攻撃的な金髪の男性騎士フーゴ・ファルケンマイヤー、魔術により攻撃性能を付与した近接戦闘用の錫杖しゃくじょうを握る黒髪ロングの女性魔術騎士ラウラ・フランケンシュタインの計4名の騎士が参戦している。独自に戦況を判断し、ゼナイドへ同行することを選んだ面々だ。


「おあつらえ向きに残る巨人は四体です。一人一体ずつ仕留めましょう」


 考えていることは皆同じだったので、全員がイルケの提案に無言で頷き、それぞれ残る四体のコプティスへと斬りかかった。


「ふむ、コプティスをこうもあっさりと仕留めてしまうとは、素晴らしい戦闘能力だ。果敢に死地へと乗り込んで来るだけはありますね」

「ここが死地となるのはあなた方の方ですよ!」


 なおも余裕は崩さず、ディリティリオ司祭は手にするメイスで冷静にソレイユのタルワールを受け止めた。教団の司祭クラスともなれば個人の戦闘能力も相当なもの。油断は出来ぬが、戦況を考えれば一分一秒が惜しい。攻撃を惜しまず、全力で突破を目指すのみだ。


「フーニス」


 無防備なソレイユの足元目掛けて、捕縛魔術であるフーニスを放つ。目には見えぬ縄で一瞬でも両足を拘束されれば、手練れの戦士といえでも転倒は免れないが、


「なに?」


 魔術で生み出された見えない縄は、上手くソレイユの足に絡まず不発。逆に、魔術を発動したディリティリオ司祭の方に隙が生まれてしまった。メイスに込めた力が微かに緩み、ソレイユの剣圧にメイスごと体を弾かれてしまう。


「ウェルティーゴ!」


 一度距離を取ることを考え、標的の感覚へと作用し、強烈な眩暈めまいを与える魔術、ウェルティーゴを放つ。詠唱していないため持続時間は短いが、距離を取るための牽制けんせい技としては十分な効力を発揮する、はずだった――


「どうして効かない……」


 ソレイユに対してまたしても魔術は不発に終わる。牽制によって生まれるはずだった猶予は当然存在しない。それどころか、魔術発動に有した時間がソレイユに追撃の余裕を与えてしまった。

 ソレイユの刃が胸部へ接触する瞬間には、それまでの余裕が嘘のように、ディリティリオ司祭の表情は驚愕と困惑とに激しく歪んでいた。


「があああああ――」


 即座にバックステップを踏んだことで体を真っ二つにされることだけは免れたが、それでもタルワールの刃はディリティリオ司祭の胸部を大きく切り裂き、致命傷を与えるに至った。

 あまりにも圧倒的な展開だが、決してディリティリオ司祭が弱かったわけではない。事実、戦闘能力に関してディリティリオ司祭は、グロワール竜撃りゅうげきの際にソレイユと激しく切り結んだキロシス司祭に匹敵している。勝敗を分けたのは、ディリティリオ司祭の戦闘スタイルがあまりにもソレイユとの相性が悪かった。その一点に尽きるだろう。初見殺しに等しい状況だったのだから尚更だ。


 ディリティリオ司祭は捕縛系魔術や状態異常を引き起こす魔術で相手の行動を制限し、圧倒的優位から攻め立てる戦術を得意としている。ディリティリオ司祭は優秀な魔術師でもあり、詠唱破棄の状態でもその効果は絶大。魔術の心得のある者なら魔術の効果に抗うことも可能であるが、ソレイユは一貫して剣術を学んできた根っからの剣士。本来ならば初撃のフーニスに拘束され全てが終わっていたはずだ。


 しかし、フーニスに代表される拘束魔術は、系統としては呪いに分類される。後発で使用した感覚系に作用するウェルティーゴも同様だ。

 ルミエール系の血筋は代々、毒や呪いとった一切のけがれを寄せつけぬ加護を有している。魔術による、それも詠唱破棄で放たれた束縛そくばくじゅつ簡易かんいやまいなど、ソレイユにはまるで効かない。ディリティリオ司祭は滑稽こっけいにも、自ら進んで隙を生み出していった形だ。

 以前ソレイユとニュクスが戦闘した際の情報がカプノスから伝わり、此度の作戦前に教団内部でも共有されていたが、それはあくまでも毒物の耐性に関する事柄のみだ。決してディリティリオ司祭が勉強不足だったわけではない。相性最悪な相手から、初見殺しを受けてしまったことが不幸だっただけだ。


「せめて……道ずれに……」


 アマルティア教団の人間としての最後の矜持きょうじ。せめて目の前の脅威を道ずれにせんと、ティオティリオ司祭は自身の扱える最強の魔術での攻撃を試みる。死の淵に立たされ、論理的思考などすでに存在してない。最大の攻撃を叩き込むという、感情的な行動だ。


「ウェネ――」

「やらせると思いますか?」


 ソレイユはディリティリオ司祭の背後から冷酷にそう告げる。タルワールを鞘へと納めた瞬間、斜めに十字傷の走ったディリティリオ司祭の背面から、ド派手に赤い両翼が噴きあがる。脱力したディリティリオ司祭の体が膝をつく。眼から光はとうに失われ、地に塗れる直前には完全に生命活動を停止していた。

 悪あがきに付き合う義理はないと、ソレイユは即座にディリティリオ司祭を切り捨てたわけだが、現実は司祭にとってはより無情であった。最期の瞬間に司祭が感情的に発動しようとした魔術の名はウェネーヌム。周囲に致死性の毒霧を発生させる魔術で、熟練者であるディリティリオ司祭が完全詠唱で放ったなら、町一つを壊滅させることの出来る大変強力な魔術であった。

 しかし、いかに強力な魔術であろうとも所詮は毒技。発動に成功していたとしても、ディリティリオ司祭がソレイユを道連れにすることは絶対に叶わなかった。現実はあまりにも無情だ。


「邪魔者は片づけました。屋敷の内部に――」


 水を注すように木霊する耳障りな咆哮ほうこう。周辺に潜んでいた教団の召喚者が追加で呼び出したのだろう。さらに5体の二刀流の巨人コプティスに加え、4体のガストリマルゴスが屋敷の周辺に出現した。


「ソレイユ様、ここは私に任せて屋敷内へ向かってください。どのみち屋内では私は存分に魔力を放てません。ソレイユ様たちの邪魔建てをさせないために、侵入を食い止め続けます」


 覚悟を宿した瞳で、リスがソレイユを背に庇うようにして一歩前へと踏み出す。コプティスだけならまだしも、ガストリマルゴスにまで対処するとなると、魔力によって高火力を生み出せるリスの存在は不可欠だ。危険は伴うが、リス自身が口にした理由も含め、役割としては適任であるといえる。


「私も共にのこの場に残り防衛に務めます。状況をかんがみれば分担は必要です」

「ありがとう、リス、ゼナイド」


 続けて名乗りを上げたのはゼナイドだ。得物が大振りなクレイモアということもあり、ゼナイドもまた、屋内よりも屋外での戦闘の方がよりそのポテンシャルを発揮出来る。無論、リス一人に重圧を背負わせたくないという心遣いも働いているだろう。

 

「我々も周辺の敵影の殲滅せんめつにあたります。ソレイユ隊長を補佐することが団長からの命令ですから」

「分かりました。皆さん、この場をどうかよろしくお願いいたします」


 教団側の増援が屋敷内に雪崩れ込んだら挟撃を受ける形となってしまう。いずれにせよ、これ以上の屋敷内への侵入を防ぐ守り手の存在は不可欠だ。また、大人数で屋内へ攻め込むことも必ずしも有利に働くとは限らない。屋敷内の構造に詳しくない者も多い状況では尚更だ。


「クラージュ、ウー、カジミール、ジャメル、シドニー、リュカ、ディディエ、ダリウス、ルミア、リディアーナは私に続いてください」


 ソレイユを筆頭に、屋敷内の構造にも詳しい藍閃騎士団のメンバーでルミエール邸へと突入する。待ち受けるのは希望か絶望か。あるいは――

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