第26話 正門戦

「侵入か――」

「侵入者はあなた達の方でしょう!」


 愚かにも進行方向へと立ち塞がったサーベル装備の教団戦闘員を、どの口が言うのかとソレイユが即座に首を刎ねる。

 立ち塞がる敵兵を切り伏せながら、ソレイユ達はルミエール邸の佇む丘まで到着していた。屋敷周辺の敵影が想定よりも少ない時点で嫌な予感はしていたのだが、屋敷の正門は破られ、屋敷内からは戦闘音が鳴り響いている。すでに多数の敵が屋敷内に侵入しているようだった。

 大勢の住民を避難させるとしたら、非常時に避難所として利用できる構造となっている、屋敷の地下全域に及ぶ広大な地下倉庫以外に考えられない。まだ屋敷への攻撃が始まってからそれ程時間は経過していないはず。敵対勢力の侵入を想定して、地下倉庫への入り口は初見で見破れぬようにカムフラージュもされている。屋敷の守りにあたる領主のフォルスやドラクロワ団長がそう簡単に地下への突破を許すはずはないし、戦闘はまだ地上階のみに留まっている筈だ。いまから加勢すれば戦況を引っくり返せる余地はある。


「フォルス・ルミエールきょう嫡女ちゃくじょ、ソレイユ・ルミエール女史じょしとお見受けする。悪いがこの場を御通しするわけにはいかないな」


 しかし、教団側とて快くソレイユ達の参戦を認めてはくれない。ソレイユ達がルミエール領に到着してからすでに数度教団側と接触している。危険人物たるソレイユ・ルミエールの侵入はすでに教団側にも周知。屋敷に立ち入ろうとする一行の進行を食い止めるべく、相応の戦力を持って撃退へとあたる。


 リーダー格の赤いローブをまとった男、アマルティア教団司祭のディリティリオとその配下の教団戦闘員5名に加えてさらに、召喚術で召喚したと思われる、全長4メートル程の、鉄仮面を被った赤銅しゃくどう色の肌をした巨人が8体、立ち塞がった。鉄仮面を被った魔物の名はコプティス。両手には鋭利な二本のシミターを装備している。ガストリマルゴスと異なり再生能力は有していないが、その分コプティスは攻撃性能に特化しており、ガストリマルゴスと同等のパワーに加え、強靭な両足により発揮される速力にも優れる。耐久性のガストリマルゴスと、殲滅せんめつりょくのコプティスといったところだろうか。


「時間が惜しい、迅速に片づけますよ!」


 問答を惜しみ即座に戦闘開始。ソレイユはリーダー格たるディリティリオ司祭目掛けて斬りかかるが、素早く間に割って入ったコプティスにタルワールの刃を受け止められる。


「グロブス」


 ソレイユを狙う二本目のシミターを、リスが詠唱無しで放った魔術の弾丸で弾く。それとほぼ同時にソレイユもタルワールでシミターを跳ね上げる。


「ラディウス」


 牽制のためにリスがラディウスの光線をソレイユとコプティスの間に掃射。光線が過ぎ去った瞬間にソレイユが即座にタルワールで薙ぎ、コプティスの胸部に真一文字の線が引かれる。ソレイユは感情を力に変えられるタイプの人間だ。故郷を侵攻されたことに対する激しい怒りが刃の破壊力を増幅させ、二刀流の巨漢に一撃で膝をつかせた。


「邪魔です」


 この機を逃すまいとソレイユは即座に追撃。素早くタルワールで切り上げ、鉄仮面をつけたコプティスの頭部を首から切り離した。攻撃の勢いを弱めることなく、その場でターンするかのようにタルワールで周囲を一閃。側面から斬りかかって来た短剣使いと長剣使いの教団戦闘員の体を腰の位置で切り落とした。

 コプティスの首が地面へと落下、限界を迎えた肉体が霧散するのと同時に、二分割された戦闘員の体が自身の血だまりへ落ち、血飛沫を跳ね上げる。


「噂以上の速度と威力だ。戦いの中でさらに成長しているのか」


 自慢の魔物と部下を同時に喪失しながらも、ソレイユの戦闘能力を冷静に分析する程度にはディリティリオは落ち着いている。ディリティリオはアマルティア教団司祭の地位にある男。先のグロワール竜撃りゅうげきの指揮を執ったキロシス司祭と同格。戦闘部隊の指揮官クラスであり、自身もまた戦闘能力に優れる豪傑ごうけつ。この程度の状況では動じるはずもない。


藍閃らんせん騎士団の一員として、貴様らの蛮行を許しておくことは出来ぬ!」


 コプティスの振り下ろして来た二刀のシミターを、クラージュは強度に優れるタワーシールドで受け止める。巨体から放たれる圧に決して怯まず、クラージュはその怪力を持って、打ち上げるようにして二刀にシミターを弾き返した。

 コプティスに生まれた隙を見逃さず、弓騎士のウーがすかさずコプティスの顔面目掛けて二本の矢を討ち放つ。正確無比な射撃は鉄仮面の、視界を得るための微かな隙間を縫い、コプティスの両の眼球を射抜いた。魔物とはいえ、生物的な姿をしている以上眼球が脆いことは必然だ。

 即死には至らずとも、視界を奪う激痛にコプティスは悶え苦しんでいる。即座にクラージュは後方へと回り込み跳躍、断頭台の如き勢いでバトルアックスを振り下ろし、コプティスの首を落し切った。


 攻撃直後で隙の生まれたクラージュを狙い、教団の槍兵が投擲用の槍を振り被ったが、


「やらせん!」


 一瞬で距離を詰めたカジミールがメイスで強烈に槍兵の顔面を一撃。赤い血肉を撒き散らしながら、西瓜すいかのように弾け飛んだ。衝撃で槍兵が手放した槍を即座に拾い上げ、カジミールが遠方へと投擲、槍はソレイユにばかり気をとられているリスを狙っていた、近くの木の上に陣取っていた弓兵の胸部を直撃。一瞬のタイムラグの後、地面目掛けて頭から転落した。


「それで隙を突いたつもりか?」


 カジミールの背後から短剣使いが迫ったが、カジミールは後方を一瞥いちべつもせぬまま体を捩り、左腕に装備した金属製のバックラーで殴打。加重移動の加わった金属の一撃は強烈で、短剣使いは仰向けに倒れ込んだ。まだ息がある。蘇生しては面倒なので、カジミールは首を折る勢いで容赦なく短剣使いの頭部を蹴りつけようとしたが、

 直後に上方より影が差したので攻撃を中断、カジミールは素早くサイドステップを踏んで大きく右方向へと回避した。カジミールを狙って振り下ろされたコプティスの二本のシミターは、倒れている短剣使いを直撃。その体は胸部と太腿付近とで三分割にされた。

 勢いが強すぎて、刀身は短剣使いの体を両断するだけでは飽き足らず地面にめり込んでしまっている。好機を逃さず、カジミールはシミターを握るコプティスの右腕を足場に一気に襟首付近まで駆け上がり、後頭部目掛けて豪快にメイスを数度振り下ろした。

 人体と異なり、異形の巨人たるコプティスの頭部は破砕にまでは至らなかったが、その衝撃はしっかりと脳にまで到達、再起不能のダメージを与えることに成功していた。肉体限界を迎えたコプティスは頭部を中心に黒化、霧散が始まる。

 脱力し、前方に倒れ込んでいくコプティスの亡骸を足場にカジミールは跳躍、すぐさま別個体のコプティスへと殴り掛かった。クロスさせた二刀のシミターにメイスの一撃を弾き返され、一度地面へと着地。コプティスが体勢を立て直す前に再接近、すれ違い様に右足のけんを強烈に殴打。巨体の自重も災いし、コプティスが片膝をつき姿勢を低くした。このまま体を駆け上がり、後頭部を一撃してやろうとするが、


「私に任せて!」


 跳躍した人影が、両手で握る大剣クレイモアでコプティスの首を切り落とした。

 影はバランスを崩さずにしっかりと地面へ着地。豪快にクレイモアを片手で振るって弧を描き、刀身に付着した血液を払った。


「ゼナイドか。お前が到着したということは、西部街道は突破出来たんだな」

「残念ながら、正確にはまだ開通していないわ。事情は剣を振るいながら話す」

「承知した」


 武器を構えたまま背中合わせに会話すると、次なる敵へ向けて両者同時に駈け出す。

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