第22話 故郷燃ゆ

「……邪魔だ」


 ニュクスは南の街道を先陣切って駈ける。行く手を阻もうと絶えず立ち塞がって来る魔物を次々と切り伏せ、一度も足を止めることなく前へ前へと進み続ける。


「ニュクス、焦ってはいけません」


 ソレイユの制止も聞かずにニュクスは速力をさらに上げ、ついに南の街道を突破。リアンの町へと踏み入った。先頭を行くのはソレイユの指示ではなくニュクスの自由意志。暴走に近い独断専行であった。


「……何てことを」


 ニュクスからやや遅れてリアンの町へ到着したソレイユは、故郷の変わり果てた姿に絶句し、感情的に歯を食いしばっていた。

 西部の街道へ移動する前に灰燼かいじんおうラヴァが放った攻撃により激しい火災が発生。リアンの町全体が猛火に包み込まれている。

 町を襲うは炎の脅威だけではない、地上にはエリュトン・リュコスの群や複数体のガストリマルゴス。魔物と連携して破壊工作を行う教団の戦闘員らしき一団。

 ここはもはや故郷の町ではなく、この世の地獄とでも呼ぶべき最悪の戦地と化してしまっていた。


「……一人でも多くの住民を救わないと」

「お待ちくださいソレイユ様」


 近くに生存者がいないか捜索しようとするソレイユの肩を引き寄せ、カジミールは冷静に意見する。


「一人でも多くの住民を救わんとするならば、町の捜索ではなく急ぎルミエール家の屋敷を目指すべきです。フォルス様は最悪の事態に陥った場合は、逃げ遅れた住民を可能な限り屋敷へ避難させ、籠城ろうじょうせん敢行かんこうすると申しておりました。町が壊滅的な被害を受けている以上、屋敷も何時いつまで持つか分かりません。我らも屋敷のフォルス様に加勢すべきです」

「……しかし、だからといって町の生存者を見限るような真似は」

「生存者の捜索と、町に侵入した勢力との戦闘は我らがお引き受けしましょう。現状は少々分が悪いが、じきに西部街道からアイゼンリッターオルデンらが到着すれば旗色は変わる。この場は我らに任せ、ソレイユ殿は屋敷の方へと向かってください」

「しかし、ドミニク殿」

「言ったでしょう、自分はソレイユ殿は全力で補佐すると――」


 微笑みを浮かべてソレイユへそう提案すると、ドミニクは返答も聞かぬまま、部下を連れて煙火と腐臭の入り乱れる戦場へと豪快に切り込んでいった。即座に戦闘が開始され、ドミニクの振るったハルバートで複数の教団戦闘員の首が飛ぶ。

 強引なやり方であったが、ソレイユの決断を鈍らせないためにはこうするのが一番だとドミニクは考えた。ドミニクの行動を無駄にしないため、より多くの命を救うため、ソレイユは正しい決断をしてくれるはずだ。


「……迷っている時間はありませんね。リアンの町はドミニク殿たちに任せます。傭兵の皆さんも、ドミニク殿に協力してあげてください。我々はルミエール邸へと救出に向かいます」

「ソレイユ様、客人は如何しますか?」


 リアンの町に到着するなり消息不明となってしまったニュクスについて、クラージュが尋ねるが、


「……状況が状況です、彼には彼なりの考え方があるのでしょう。捜している時間もありませんし、今は放任しておきます。願わくば、彼の刃の切っ先が、私達と同じ方向を向いていることを祈るばかりです」

「私も同感です」


 少なからず慣れ親しんだリアンの町の現状にニュクスが何を思うのか、それは誰にも分からない。教団側の人間として現状を好機と捉える可能性も考えられるが、もしも彼が現状にもっと別の感情を抱いてくれていたなら、これ以上ない心強い戦力となってくれるはずだ。そうであってほしいと、かつては反目していたクラージュもそう思っている。


「屋敷周辺にはより多くの敵が密集している可能性がある。これまで以上の激戦が予想されます。覚悟してください」

「覚悟など、いまさら問われるまでもありません。アルミュール家の騎士として、ソレイユ様と共に先陣を切らせて頂きます」


 突破力のあるソレイユとクラージュを先頭とし、ソレイユ隊とカジミールの部隊が、丘の上に立つルミエール家の屋敷を目指して猛火の町を駆け抜けていく。

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