第21話 双氷
「流石に、こんなにも早期に遭遇するのは想定外だったな」
「リアンの町で発生した爆発と火災も、恐らくはこいつの仕業ね」
地理に明るいゼナイドの先導を受け、西部街道の突破を目論んでいたアイゼンリッターオルデンとグロワールの傭兵部隊は、リアンの町の目前で、燃え盛る炎の障壁に行く手を阻まれていた。灼熱の炎の中には、炎熱をものともせず、
男はスキンヘッドの頭部に至るまで、全身にびっしりとタトゥーを入れており、筋肉質な強靭な肉体を、僧衣のような衣装で包み込んでいる。座高だけでも分かる大柄で、立ち上がればその身長は優に2メートル50センチは超えるだろう。
「何人たりともこの先に進むことは叶わぬ。大人しく
威圧的な低音を響かせ、大男は静かに立ち上がる。
その動作に呼応し、大男の体そのものからも炎が立ち上り、炎の障壁がそれを吸収。燃焼の勢いをよりいっそう増していく。
炎の障壁を発生させるだけならば魔術でも可能だが、体そのものから炎を発生させることが出来る人間などこの世に存在しない。その圧倒的な存在感も相まって、相手が高位の魔物であることは直ぐに理解出来た。
人と似た姿を持ち、生み出した炎を自在に操る最上位の魔物。
四柱の災厄が一柱――「
炎を司る能力から、最も災厄の名を体現した存在とされ、500年前の大戦時、ラヴァの猛火に焼かれ焦土と化した地は数知れず。戦場に築き上げた屍の数だけなら、
「四柱の災厄が一柱、灰燼王ラヴァか。相手にとって不足なしといったところだ」
圧倒的な熱量と威圧感を前にほとんどの者がその場に立ち尽くす中、ベルンハルトはラヴァの圧力など意にも返さずに悠然と歩みを進め、背負う大剣の柄に手をかける。
「愚かな。たかが人間如きが我と戦うつもりか?」
胡坐をかいたまま、ラヴァはベルンハルトへ向けて炎を
「甘く見られたものだ」
ベルンハルトは大剣を即座に振り抜き、火炎放射を正面から迎え撃った。
大剣が炎と接触した瞬間、凄まじい衝撃波と水蒸気が同時に発生。場は一気に視界不良へと陥り、ベルンハルトとラヴァの姿が隠される。
「ゾフィー団長。いったい何が起きたんですか?」
ベルンハルトの本領を知るアイゼンリッターオルデンの騎士達は冷静に状況を静観していたが、状況を飲み込めぬゼナイドやグロワールの傭兵達は、困惑から瞬きの回数が増えている。
「帝国最強の男が伝承の武器を手にしている。ただそれだけのことですよ」
ゾフィーが誇らしげな笑みを浮かべると同時に、微かに浮かぶベルンハルトのシルエットが大剣を振るった。剣圧で水蒸気が消し飛ばされ、再びベルンハルトとラヴァの姿が一同の視界へと映り込む。
「我が炎を打ち消す程の冷気。その力知っているぞ」
動揺は見せずに無表情のままだが、先程までとは異なり、ラヴァは立ち上がって腕組みをしている。忌まわしくも懐かしい冷気をその身に感じ、それを扱うベルンハルト・ユングニッケルという人間に対する認識を改めたようだ。たかが人間だが、ただの人間ではない。
「こいつの最初の使い手は、お前と随分やり合ったそうだからな」
ベルンハルトが突き立てた、氷柱にも似た薄青の刀身を持つ重厚な両刃の大剣を始点に、周辺の地面が凍り付いている。
500年前の大戦下、遥か北海の氷山に眠っていた、強大な魔力を有する氷塊を素材として生み出された、絶えず冷気を生み出し続ける
かつての使い手の名は
「灰燼王の相手は俺が務める。他の者達はこのまま街道を突破し町へ迎え」
「だそうよ。ゼナイドさん、案内をお願いね」
「は、はい!」
ベルンハルトが巨大なアイスベルグを片手で軽々と薙ぐと、凄まじい冷気を纏った斬撃が発生、街道を塞いでいたラヴァの炎の障壁に衝突し相殺、再び凄まじい水蒸気が上がった
ベルンハルトの切り開いた突破口を、ゼナイドを先頭として、アイゼンリッターオルデンの騎士やグロワールの傭兵達が次々と駆け抜けていく。
「不届き者どもめ」
当然ラヴァとて指を加えて見ているわけではない。身の程もわきまえずに脇をすり抜けていった愚者共を滅するべく、左腕から強烈な火炎弾を連射。同時に右腕から放つ火炎放射でベルンハルトを攻撃。即座に仲間を庇えぬよう牽制を狙ったが、
「同質の冷気だと?」
リアンの町へ向かう者達を狙った火炎弾が、一行に届く直前で水蒸気を上げて消滅した。ベルンハルトは自身に向けられた火炎放射を刀身で受け止めている。遠方をすぐさまカバー出来たとは思えない。
「灰燼王ラヴァ。
冷笑を浮かべるゾフィーが、ラヴァの攻撃を遮る形で街道上に陣取っている。
その手には、ベルンハルトのアイスベルクと同様の、氷柱に似た薄青の刀身を持つ鋭利なレイピアが握られている。火炎弾を消滅させたのも、レイピアの刀身の纏う凄まじい冷気によるものだ。
かつては一人の使い手が所有していた双氷の剣は現在、氷花零剣ラヴィ―ネは、ヴァイス・ハーゲルの
「ゾフィー。お前まで残る必要はないだろう」
「大まかな指示は出しておいたし大丈夫。例え指揮官が不在でも団員一人一人が自分の頭で考え作戦を遂行出来る。それが私達の鍛え上げてきたアイゼンリッターオルデンの最大の強みでしょう」
「指揮官の不在を心配したわけではない。ここは俺一人でも十分だという意味だ」
「あなたの実力は私が一番よく知っている。だけど、少しでも早くラヴァを倒せるならそれに越したことはないでしょう? 団の皆が作戦を遂行したとしても、この西部街道が通行止めのままなら何の意味もない――」
ベルンハルトとの会話の最中にも、容赦なくラヴァは火炎弾をゾフィー目掛けて打ち出して来た。ベルンハルト程タフではないので、ゾフィーは冷気の使用は最小限に止め、自身の身体能力のみで即座に火炎弾の射線から外れた。
「
「元よりそのつもりよ。存分に切り刻んで差し上げなさい」
「承知した」
ラヴァの放つ火炎放射を、ベルンハルトは冷気を纏ったアイスベルクで切り進めていく。アイスベルクの冷気で炎を相殺することは出来るが、長期戦となれば、冷気を武器に依存しているベルンハルトでは、存在そのものが炎に等しいラヴァ相手に分が悪い。
帝国最強の黒騎士といえでも、人の身には過ぎた魔剣の力を長時間振るい続けることは難しい。全力でアイスベルクの力を発揮可能な内の、早期決着こそが最善策だ。
「その首貰うぞ」
火炎放射を文字通り切り抜け、ラヴァの至近距離にまで接近したベルンハルトが豪快にアイスベルクで切り上げたが、
「四柱の災厄の首、そう安くはないぞ? かつての白騎士でさえも、私を完全に滅することは出来なかったのだから」
アイスベルクの刀身はラヴァに届く寸前で、一瞬にしてラヴァの右手の中に出現した、炎を纏った両刃の黒剣によって受け止められてしまった。刃と刃、冷気と炎熱とがせめぎ合い、水蒸気が消滅と発生とを繰り返している。
ラヴァが炎を纏った武器を自在に扱うことは伝承にも語られている。最上位の魔物たる四柱の災厄の一柱だ。肉体の一部にも等しい黒剣を瞬時に呼び出すことくらい造作もない。
「
ゾフィーのラヴィ―ネの刀身を中心として、大気から生成された無数の氷の刃が渦を巻く。刀身を覆い隠すほどに成長した氷の刃の群はゾフィーの意志に呼応し、猛吹雪の如く勢いでラヴァ目掛けて襲い掛かるが、
「首は安くないと言っている」
ラヴァが氷刃の吹雪に向けて左手を
「……流石は四柱の災厄。そう簡単にはいかないか」
一筋縄でいかぬ相手なのは百も承知だが、並の魔物相手なら一度で百体は切り刻める技をこうもあっさりと無力化されてしまうと、流石に苦笑いの一つも浮かべたくなる。
ラヴァとてまだ本気ではないだろう。その真の実力、総火力の全貌は未だに見えてこない。なかなか骨の折れる戦いとなりそうだ。
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