第20話 麗しの殿方

「……直ぐにでもリアンの町に向かわねばならぬのに、まさか早々に四柱よんはしらの災厄と遭遇してしまうとは」


 爆発音こそ止んだものの、リアンの町を包み込む火災はさらに勢いを増してきている。

 事前情報によると、まだ住民の二割程が町に取り残されているはずだ。早く救出に向かわなければ手遅れとなってしまう。何としてでもカキの村を突破しなくてはならないが、


「何よりも優先すべきは住民の救出。ならば本隊が、この場で足止めをくらうわけにはいきませんね」


 覚悟を決めた様子で深く息を吐き出しながら、ファルコが一歩前へと歩み出す。

 出し惜しみ出来る相手ではない。早々に、奥の手である暴竜ぼうりゅうそうテンペスタに巻き付けた布を解いていく。


「この場は僕に任せて、ソレイユ様たちは町へと向かってください」

「しかし、それではあなたが」

「テンペスタはかつて、四柱の災厄とも切り結んだ魔槍です。僕が使い手足り得ているならば、エマと渡り合うことも可能でしょう」

「任せてもよいのですね?」

「傭兵として、雇用主の利益のために動くのは当然のことです。さあ、僕に構わず行って!」

「死んではいけませんよ」

「善処します」


 ファルコの笑みに頷きを返すと、ソレイユは先遣隊に向かって力強く指示を出す。


「カキの村を突破してリアンの町へと向かいます! 恐れず、私の後に続いてください!」

「行かせると思いますか?」


 ソレイユを先頭としてリアンへ続く街道目指して進む。当然エマはそれを妨害すべく、村を突破しようとする者達目掛けて鋭利な触手をけしかけるが、


「道を示せ。テンペスタ!」

「……私の刃を弾き返す程の斬撃を?」


 ファルコがテンペスタの石突いしづき(槍の持ち手側の尖端)を地面につけた瞬間、テンペスタの赤い穂(槍の尖端)が激しく発光。広範囲に渡り、鋭い風の斬撃が発生する。ソレイユ達を狙う鋭利な触手を、風の刃はことごとく弾き返していく。風の刃による守りはそのまま、ソレイユ達を安全に村から脱出させるための行路となった。

 ソレイユ達の脱出を見届けた後、ファルコは再び石突で地面を突く。風の刃が治まると同時に、追撃を諦めたエマもドレスの中へと触手を戻した。


「その技、その槍。どちらも知っていますよ。私に初めて傷をつけた、あのうるわしの殿方のものですね。彼はお元気ですか?」


 恋煩う乙女のような声色でエマは問い掛けてくる。


「魔物の感覚で物事を捉えないでもらいたいね。魔槍の使い手だったとはいえ、アークイラ自身は普通の人間だ。500年も前、彼は自身の駆け抜けた時代の中で、人生を全うしたよ」

「一応聞いてみただけですよ。願わくばあのお方とは、もう一度だけお会いしてみたいと思っていたもので。けれど、あなたも悪くないです」


 眼光鋭くテンペスタを構えるファルコの姿に、当時のアークイラ・コルポ・ディヴェントの面影が重なったのだろう。エマは頬を好調させ、唇をそっと指先でなぞった。


「髪色も背格好も異なるというのに、あなたはとてもあのお方によく似ている。不思議なものですね」

「不思議でもなんでもない。僕達は代々、アークイラの残した魔槍と技術、彼が最も大切にしていた傭兵としての生き方を継いできたんだ。生き方が似れば、顔つきも自然と似てくるものさ」

「人間の理屈は私にはよく分かりませんが、あなたがかつて恋焦がれた殿方に似ておられることは喜ばしいです」


 恋する乙女の口元が、嗜虐的しぎゃくてき殺戮さつりくの色をまとう。


「500年前はあのお方を殺しそびれてしまいましたから。代用品が出来て嬉しいですわ」


 狂気的な発言を前にしてもファルコは顔色一つ変えず、いつでも仕掛けられるように中段でテンペスタを構える。ファルコはテンペスタの所有者となってからまだ日が浅く、かつてのアークイラ程はその性能を発揮出来ていない。

 単騎で四柱の災厄を討ち取ることは難しいかもしれない。実質目標としては、ソレイユ達の作戦が終了するまでの間エマを足止め出来れば上々だ。そこからの退避もまた、骨の折れる作業には違いないが。


「存分に殺し合いたいところではありますが、生憎と私も使命を帯びてこの地に赴いた身。多勢に無勢となっても、恨まないでくださいませ」


 エマが不敵な笑みを浮かべると同時に、周囲に多数の魔物の人間の気配が出現した。アマルティア教団の戦闘員と、召喚された魔物の一団であろう。四柱の災厄と教団側との力関係がどのようなものになっているかは不明だが、互いに邪神ティモリアの復活が悲願であることは共通している。共に作戦行動を取ることは決して不自然ではない。

 テンペスタを抜いた以上、肉体への負担の関係から、雑兵ぞうひょう相手に無駄な力を使いたくない。エマの相手に集中したい現状、雑兵の襲来は煩わしい。


「さあ、始めましょう」


 小手調べにと、エマは裾から伸ばした鋭利な触手を一本、真正面からファルコ目掛けて槍のように刺突する。ファルコは風の力は使わずに膂力りょりょくのみでテンペスタを振るい、その穂先でエマの触手を弾き返す。


 その隙をついて右側面から、一体のエリュトン・リュコスが飛びかかって来たが、


「一人で恰好つけるな。俺達も混ぜろ」


 エリュトン・リュコスの頭部がスイカ割りのように飛び散る。ジルベール傭兵団副団長、リカルド・タヴァンザンテのモーニングスターによる一撃だ。


「どうしてここに?」

「俺だけじゃない」


 カキの村周辺で次々と戦闘音が鳴り響く。教団の戦闘員や魔物と戦闘を繰り広げているのは、ジルベール率いる傭兵団所属の傭兵達だ。


「お前にばかり恰好つけさせるのはしゃくだと皆が言ってきかなくてな。四柱の災厄と渡り合ったとなれば、我々ジルベール傭兵団の名も上がるというものだ。俺達も参戦させてもらうぞ」


 そう言って、教団戦闘員の返り血を帯びた大剣を担ぎ上げた、団長のジルベール・クライトマンがファルコの下へと合流した。周辺の魔物や戦闘員を排除したギラ、イルマ、ガストン、ドルジア、ロブソンらも続けざまに村の中へと姿を現す。


「お気持ちは嬉しいですが、絶対に割に合わない仕事ですよ」

「傭兵だからこそ、損得勘定抜きに行動出来る時もあるというものだ。雑魚どもは俺らで片づける。ウラガ―ノはエマとの戦いに集中しろ」

「承知しました。俄然負ける気がしませんよ」


 状況を静観しながらも、エマはクスクスと笑っていた。

 雑兵の相手をする雑兵が現れたことで、図らずも存分にファルコと殺し合う機会を得られた。これで少しは戦いを楽しめそうだ。


「最高ですわ」


 この上ない恍惚の笑みを浮かべ、ファルコを血祭に上げるべく、エマは再度触手をファルコ目掛けて嗾けた。


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